労働安全衛生法は、労働者の安全と健康を守るために制定された法律です。しかし、その内容が複雑で、何をすればいいのかわからないという方も多いのではないでしょうか。
この記事では、弁護士法人シーライト藤沢法律事務所 弁護士の塩谷恭平が労働安全衛生法の重要ポイントと、違反した場合の罰則等をわかりやすく解説します。
労働災害は、労働者の人生だけでなく、企業にとっても大きな損失となります。当記事を参考にしていただくことで、安全で健康な職場環境作りの助けになればと考えています。
執筆者:塩谷恭平(しおや きょうへい)
弁護士法人シーライト藤沢法律事務所 弁護士
弁護士法人シーライト藤沢法律事務所で、労働災害や企業からの労務相談を多数受任。弁護士として事件解決するだけでなく、労働災害や労務問題を起こさないリスクマネジメントの重要性を訴えることで、予防法務にも尽力している。法律的な説明であっても、できるだけ専門用語を使わずにわかりやすく説明を行う姿勢は、多くの企業の方から「わかりやすい」と好評。神奈川県弁護士会所属。
目次
労働安全衛生法(安衛法)とは
労働安全衛生法が成立した背景は、戦後から高度経済成長期における労働環境の変化に伴って、労働災害の増大や環境問題が大きな社会問題となったことにあります。
こうした社会問題から労働者を守り安全な職場環境を形成するために、もともとは労働基準法に規定されていた安全衛生規定を分離独立させる形で、1972年に「労働安全衛生法」が公布・施行されました。
労働安全衛生法の目的と労働基準法との違い
労働安全衛生法は、労働基準法と相まって、職場における「労働者の安全と健康を確保する」とともに、「快適な職場環境の形成を促進する」ことを目的とする法律になります。
労働安全衛生法も労働基準法も、いずれも労働者を守るために作られた法律であり、一体としての関係に立つものです。ただし、労働基準法が最低賃金や労働時間の規制など、労働者の最低就労条件を定めた法律であるのに対して、労働安全衛生法は労働災害防止のための最低基準の確保だけでなく、健康診断の実施、ストレスチェックの義務付けなど、快適な職場環境の形成を実現するための様々な規定が定められているという点で違いがあります。
労働安全衛生施行令(安衛令)・労働安全衛生規則(安衛則)とは
なお、労働安全衛生法に関連した規定として、労働安全衛生施行令(政令)と労働安全衛生規則(省令)があります。
(参考:労働安全衛生規則 | e-Gov法令検索)
これらは、労働安全衛生法を具体的に実施するために、内閣や厚生労働省が定めた施行令・施行規則のことです。
労働安全衛生法は、労働者の安全と健康を確保するための様々な規定を定めているのですが、その具体的な内容のほとんどは政令や省令で定めるとされているため、労働安全衛生法施行令や労働安全衛生規則に対象となる事業場などの具体的な内容が定められています。
労働安全衛生法の対象と適用除外
労働安全衛生法の対象労働者は、原則として労働基準法における労働者と同様で、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイト等の非正規雇用労働者も含まれます。
労働基準法第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
(引用:労働基準法 | e-Gov法令検索)
そして、対象事業者は、「事業を行う者で、労働者を使用するものをいう。」(法2条3号)とされており、労働者を雇っているほぼ全ての企業や個人事業主が含まれます。
ただし、以下の者・職種については、労働安全衛生法の対象から除外されています(法2条の2、115条2項)。
- 同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者
- 家事使用人
- 船員法の適用を受ける船員
- 鉱山(一部対象あり)
- 国会職員・裁判所職員・防衛庁職員(一部対象あり)
- 非現業の一般職である国家公務員(一部対象あり)
- 非現業の地方公務員(一部対象あり)
労働安全衛生法で企業が知っておくべき6つの重要ポイント
ここでは、労働安全衛生法で企業が知っておくべき6つの重要ポイントを解説します。
1.事業者による基本的責務
事業者は、単に労働安全衛生法で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、「快適な職場環境の実現」と労働条件の改善を通じて「職場における労働者の安全と健康を確保する」ようにしなければなりません(法3条1項前段)。「労働者」にはパートタイマーやアルバイト、契約社員、取引先の派遣社員なども含まれます。
この規定は、労働契約法第5条とともに、事業者の安全配慮義務(事業者が、労働者の安全や健康を確保する義務)の根拠となる規定であり、安全衛生上の責任が事業者にあることを明確に示しています。
労働契約法第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
(引用:労働契約法 | e-Gov法令検索)
また、事業者は、「国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力」しなければなりません(法3条1項後段)。
なお、事業者が上記義務を負っていますが、労働者自身も、「労働災害を防止するため必要な事項を守るほか、事業者その他の関係者が実施する労働災害の防止に関する措置に協力」するよう努めなければなりません(法4条)
2.安全衛生管理体制の確立
事業者は、事業場の規模等に応じて、労働災害の防止のための安全衛生管理体制として、誰が安全衛生管理の責任者なのかを決めたり、安全衛生管理に関する調査審議を行う委員会を設置しなければなりません。
選任を要する事業場等 | 責任者・委員会の種類 | 主な職務内容等 |
---|---|---|
常時1,000人以上の労働者を使用する事業場※林業・鉱業・建設業・運送業・清掃業は、100人以上※製造業等は、300人以上 | 統括安全衛生管理者(法10条) | 安全管理者・衛生管理者等への指揮や労働者の危険または健康障害を防止するための措置等の業務を統括管理する など |
常時50人以上の労働者を使用する事業場 | 安全管理者(法11条) ※すべての事業場ではなく、林業・鉱業・建設業・運送業・清掃業・製造業等が対象です | 安全装置、保護具その他危険防止のための設備・器具の定期的点検および整備 など |
衛生管理者(法12条) | 健康に異常のある者の発見及び処置 など | |
産業医(13条) | 健康診断及び面接指導等の実施 など | |
安全委員会(法17条) ※すべての事業場ではなく、林業・鉱業・建設業・運送業・清掃業・製造業等が対象です | 労働者の危険を防止するための基本となるべき対策等の調査審議 など | |
衛生委員会(法18条) | 労働者の健康障害を防止するための基本となるべき対策等の調査審議 など | |
常時10人以上50人未満の労働者を使用する事業場 | 安全衛生推進者または衛生推進者(法12条の2) ※安全管理者及び衛生管理者の選任が義務付けられていない事業場に置かれるものです | 安全管理者や衛生管理者と同様 |
高圧室内作業その他の労働災害を防止するための管理を必要とする一定の作業で、政令で定めるもの | 作業主任者(法14条) | 当該作業に従事する労働者の指揮 など |
建設業・造船業で、一の場所で行う事業の仕事の一部を請負人に請け負わせているもの | 統括安全衛生責任者(法15条) | 元方安全衛生管理者の指揮や協議組織の設置及び運営等の統括管理 など |
元方安全衛生管理者(法15条の2) | 統括安全衛生責任者の職務の補佐 など | |
建設業の元方事業者 | 店社安全衛生管理者(法15条の3) ※統括安全衛生責任者・元方安全衛生管理者・安全衛生責任者の選任を要さない一定規模以上の建設工事に係る請負契約を締結している事業場が対象です | 工事現場において、統括安全衛生管理を担当する者(現場代理人等)に対する指導 など |
統括安全衛生責任者を選任すべき事業場以外の請負人で、当該仕事を自ら行うもの | 安全衛生責任者(法16条) ※特定元方事業者が統括安全衛生責任者を選任しなければならない場合において、作業を自ら行う関係請負人が各々選任する必要があります | 統括安全衛生責任者との連絡 など |
安全委員会及び衛生委員会を設置しなければならない事業場 ※それぞれの委員会の設置に代えて、安全衛生委員会を設置することが可能です | 安全衛生委員会(法19条) | 安全委員会及び衛生委員会と同様 |
リスクアセスメント対象物を製造等している全ての事業場 ※2024年の労働安全衛生法改正で選任が義務付けられました※一般消費者の生活の用に供される製品のみを扱う場合は対象外です | 化学物質管理者(法57条の3、安衛則12条の5) | ラベル・SDS等の確認やリスクアセスメントの実施管理 など |
保護具着用管理者(法57条の3、安衛則12条の6) | 有効な保護具の選択や労働者の使用状況の管理 など |
3.労働者の危険または健康障害の防止措置
事業者は、労働者の危険及び健康障害を防止するため、以下について必要な措置を講じることが義務付けられています。
他方で、労働者も、労働災害を防止するために、事業者が講ずる措置に応じて必要な事項を守ることが義務付けられています(法26条)。
事業者の講ずべき措置 | 具体的な内容等 |
---|---|
危険防止措置(法20~21条) | 機械、器具その他の設備による危険を防止する措置 |
爆発性の物、発火性の物、引火性の物等による危険を防止する措置 | |
電気、熱その他のエネルギーによる危険を防止する措置 | |
掘削、砕石、荷役、伐木等の業務における作業方法から生ずる危険を防止する措置 | |
労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止する措置 | |
健康障害防止措置(法22条) | 原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害を防止する措置 |
放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害を防止する措置 | |
計器監視、精密工作等の作業による健康障害を防止する措置 | |
排気、排液又は残さい物による健康障害を防止する措置 | |
健康・風紀・生命保持措置(法23条) | 通路、床面、階段等の保全並びに換気、採光、証明、保温、防湿、休養、避難及び清潔に必要な措置 |
作業行動起因の労働災害防止措置(法24条) | 労働者の作業行動から生ずる労働災害を防止する措置 |
急迫の危険の際の措置(法25条) | 直ちに作業を中止し、労働者を作業場から退避させる等の必要な措置 |
建設業の仕事で、救護措置がとられる場合の労働災害防止措置(法25条の2) | ・労働者の救護に関し必要な機械等の備付け及び管理・労働者の救護に関し必要な事項についての訓練・爆発、火災等に備えて、労働者の救護に関し必要な事項 |
4.労働者への安全衛生教育等
事業者は、労働者を就業させる際には、安全衛生教育を実施する等の措置を講じなければなりません。
事業者の実施すべき教育 | 具体的な内容等 |
---|---|
雇い入れ時の教育(法59条1項) | 労働者(雇用形態を問いません)を雇い入れたとき、又は労働者の作業内容を変更したときは、当該労働者に対し、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行う必要があります。 ※2024年の労働安全衛生法改正で、危険性・有害性のある化学物質を製造・取り扱う全ての事業場で化学物質の安全衛生に関する教育も必要になりました。 |
作業内容変更時の教育(法59条2項) | |
特別の教育(法59条3項) | 危険又は有害な一定の業務に労働者を就かせるときは、当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行う必要があります。 |
建設業や製造業等における作業中の労働者を直接指導・監督する者への教育(法60条) | 作業方法の決定及び労働者の配置、労働者に対する指導又は監督の方法に関すること等の教育を行う必要があります。 |
一定の業務についての就業制限(法61条) | クレーンの運転等の一定の業務については、免許を受けた者や技能講習を修了した者その他資格を有する者でなければ業務に就かせることができません。 |
5.労働者の健康管理・保持増進
事業者は、労働者の健康管理・保持増進を図るため、定期的に健康診断を実施しなければなりません。
健康診断の種類 | 対象となる労働者 | 実施時期 | |
---|---|---|---|
一般健康診断(法66条) | 雇い入れ時の健康診断(安衛則43条) | 常時使用する労働者 | 雇い入れ時 |
定期健康診断(安衛則44条) | 常時使用する労働者 | 1年以内ごとに1回 | |
特定業務従事者の健康診断(安衛則45条) | 安衛則13条1項2号に掲げる業務に常時従事する労働者 | 業務への配置換えの際、6月以内ごとに1回 | |
海外派遣労働者の健康診断(安衛則45条の2) | 海外に6か月以上派遣する労働者 | 海外に6月以上派遣する際帰国後に国内業務に就かせる際 | |
給食従業員の検便(安衛則47条) | 事業に附属する食堂又は炊事場における給食の業務に従事する労働者 | 雇い入れ時配置換え時 | |
特殊健康診断(法66条2項) | 屋内作業場等における有機溶剤業務に常時従事する労働者等 | 雇い入れ時配置替え時6月以内ごとに1回 |
また、事業者は、月80時間を超える時間外・休日労働を行い、かつ面接を申し出た労働者に対して、医師による面接指導を行わなければなりません(法66条の8)。
さらに、常時50人以上の労働者を使用する事業場は、労働者に対して、医師・保健師等による心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)を行わなければなりません(法66条の10、法附則4条)。
6.労働安全衛生法に違反した場合の事業者が負う罰則等
労働安全衛生法に違反した事業者は、以下の罰則やリスクを負ってしまう可能性があります。事業者の経営に深刻なダメージを与えてしまうものばかりですので、労働安全衛生法違反とならないように適切な対応が必要になります。
罰則等の内容 ※抜粋 | ||
刑事責任 | 6か月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金(法119条) | ・作業主任者を選任しなかった・特別の教育を実施しなかったなど |
50万円以下の罰金(法120条) | ・産業医を選任しなかった・健康診断を実施しなかった・労働災害発生時に、「労働者死傷病報告書」を労基署に提出しなかったなど | |
民事責任 | 不法行為責任・安全配慮義務違反による損害賠償 | ・安全帯を使用させていなかったために労働者が滑落した・機械に囲い等を設けていなかったために労働者が巻き込まれてしまったなど |
行政責任 | ・労働基準監督官による立ち入り検査(法91条)・機械設備の使用停止や作業停止の行政処分(法98条、99条)・官庁からの取引停止(指名停止)の行政処分 | |
レピュテーションリスク | 労働安全衛生法違反を行ったことが噂や報道等で社外に広まり、社会的な信用が低下することによって、売上減少・倒産リスク、人材の確保等が困難になってしまう可能性があります。 |
労働安全衛生法を遵守して快適な職場づくりを
労働安全衛生法では、労働者の安全と健康の確保と快適な職場環境の形成のため、事業者に対して様々な措置を行うように規定しています。
事業者としては、労働安全衛生法違反を避けるために、安全衛生管理体制を万全のものにしておくことが必要です。さらに、より一層労働者の安全や健康を確保するために、安否確認システムを導入するなど労働災害・自然災害から労働者を守る対策を積極的に取りましょう。
また、労働安全衛生法は、社会の変化に応じて頻繁に法改正が行われていますので、事業者としては、常に改正内容を把握し、これをふまえた対応を検討・実施していかなければなりません。もしも適切な対応ができていなければ、上記の罰則やリスクを負ってしまう可能性もあります。
顧問弁護士を導入すれば、事業者の業種・規模や具体的な業務内容に応じた的確なアドバイスを継続的にもらうことができるため、最新の法改正に沿った適切な対応を取ることが可能になります。
労働安全衛生法に関する問題が発生する前に、現状の職場環境や安全衛生管理体制について問題がないかどうかを、弁護士に一度ご相談されることをお勧めいたします。
執筆者:塩谷恭平(しおや きょうへい)
弁護士法人シーライト藤沢法律事務所 弁護士
弁護士法人シーライト藤沢法律事務所で、労働災害や企業からの労務相談を多数受任。弁護士として事件解決するだけでなく、労働災害や労務問題を起こさないリスクマネジメントの重要性を訴えることで、予防法務にも尽力している。法律的な説明であっても、できるだけ専門用語を使わずにわかりやすく説明を行う姿勢は、多くの企業の方から「わかりやすい」と好評。神奈川県弁護士会所属。
編集者:遠藤香大(えんどう こうだい)
トヨクモ株式会社 マーケティング本部に所属。RMCA認定BCPアドバイザー。2024年、トヨクモ株式会社に入社。『kintone連携サービス』のサポート業務を経て、現在はトヨクモが運営するメディア『みんなのBCP』運営メンバーとして編集・校正業務に携わる。海外での資源開発による災害・健康リスクや、企業のレピュテーションリスクに関する研究経験がある。本メディアでは労働安全衛生法の記事を中心に、BCPに関するさまざまな分野を担当。