自然災害に備えて企業ができることのひとつに、企業防災マニュアルの作成があります。
本記事では、その作成方法や参考になるマニュアル例、作成するにあたって押さえておきたいポイントを解説します。被害を少しでも小さくして、早期復旧と事業継続を実現するために、企業防災マニュアルを作成する、もしくは改めて見直す際の参考になさってください。
監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。
目次
企業防災マニュアルの作成方法とは
はじめに、企業防災マニュアルを作成する方法について紹介します。自然災害発生時の役割分担や備蓄品のリスト、さまざまな事柄への対応方法など、あらかじめ決めておくべき内容をまとめてマニュアルにしましょう。
自然災害発生時の役割の明確化
自然災害が発生した際、自分の役割が明確であれば、それにしたがって行動できます。緊急事態時の災害対応組織をあらかじめ策定し、役割分担を決めておきましょう。
考えられる役割の一例として以下を参考にしてください。
名称 | 役割 |
統括班 | 災害対策本部の設置、各班の指導調整など |
総務班 | 害対策本部の運営、情報収集、費用弁済、社員への食料供給等 |
情報連絡班 | 被災情報の調査、収集、管理 |
消火班 | 火災の予防、消火器による初期消火 |
避難誘導班 | 避難開始の指示、避難者を誘導し建物から退避 |
救出救護班 | 社内救護所の設営、ケガ人の救出と応急処置 |
安全班 | 非常電源の確保、エレベーターの点検 |
点検修理班 | 設備や建物、機械などの応急点検と応急修理 |
企業に必要な役割を洗い出し、メンバーと責任者を決めます。担当者が出張や休暇で不在の場合に備えて、代役のメンバーも決めておきましょう。
平常時には、このような役割分担をすると同時に、建物の耐震性を確認したり、落下・転倒するおそれがある機器の安全措置を点検し、消火装置や避難経路の確認を行います。
また、自然災害発生時には近隣住民の被害を考慮し、地域と連携してボランティア活動をする準備もしておきましょう。
備蓄品のリスト化
企業は自然災害が起きて従業員が帰宅困難になった場合に備えて、備蓄品を社内に用意しておく必要があります。
備蓄すべき品目の一例は、以下のとおりです。
- 水(1人あたり1日3リットル)
- 災害用食料(温められる防災食など)、アルファ化米、缶詰、乾パン、クラッカー、カップ麺などを準備する。3食/日×日数分
- 毛布(1人1枚)
- 簡易トイレ・災害用トイレ
- 衛生用品(トイレットペーパー、生理用品など)
- 携帯ラジオ
- 懐中電灯
- 敷き物(ビニールシート、保温シート)
- スマートフォン・PCバッテリー
- 救急医薬品
- 大容量バッテリー
- 自家発電機
このほか、ヘルメット・軍手・工具類・電池・調理器具など必要な備蓄品を事業内容に沿って検討してください。
東京都帰宅困難者対策条例によると、水や食料は3日分の備蓄が目安です。自社従業員の分だけでなく、来客中の顧客や近隣住民などのために、少し余分に備蓄することをおすすめします。これらの備蓄品はすべてリスト化し、賞味期限・消費期限が迫ってきた食料・日用品などは早めに入れ替えるといった管理をしてください。
参考:東京都帰宅困難者対策条例
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情報資産の管理方法や対応
自然災害によって重要なデータなどの情報資産を失うことは、業務に大きな被害・影響を及ぼします。情報資産の管理方法を組織として十分に検討し、マニュアル化しておきましょう。
検討が必要な主な項目は、次のとおりです。
- データのバックアップ
- 書類の整理
- PCや情報端末の落下・浸水防止
- 非常時に運び出す書類・データの検討や保管
自然災害が起きたとき、情報資産は耐火金庫などに格納して避難します。津波や土石流などの一刻を争う状態のときや、火災のおそれがある場合は、何も持ち出さず速やかに避難することが必要なために、平時から情報資産の管理方法はしっかりと考えておきましょう。
情報収集・共有方法の明確化
自然災害発生時に従業員の安全を確保したり、資産を保全するには、情報収集とその共有が重要です。
情報収集するための通信手段は、テレビ・ラジオ・電話・インターネット・Eメール・SNS・災害用伝言サービスなど、さまざまです。自然災害発生直後は電話回線の混雑や情報の錯綜が懸念されるため、情報収集の手段は複数用意しておく必要があります。
(参考:総務省「災害用伝言サービス」)
収集した情報は、一元管理できるような体制を構築しましょう。どのような情報を集めるか、その内容も明確にしておきます。
把握しておきたい情報の一例は、次のとおりです。
- 社員とその家族の安否
- 社屋の被害状況
- 公共交通機関や道路の状況
- 電気や水道などのライフラインの状況
- 津波に関する情報
避難方法・避難経路の記載
自然災害が起きた際は、迅速な避難行動が従業員の命を守ります。避難方法や避難経路を企業防災マニュアルに事前に記載しておくようにしましょう。
非常時に、避難経路が使用できないということがあってはなりません。出入口付近や避難経路に障害になるような物を置かないように、そして非常口を確実に使えるように、日頃から点検・訓練しておくことが重要です。万一のときに備えて、避難経路を複数用意しておくことをおすすめします。
従業員が多い企業や高層ビルなどにおいては、避難しようとする人が殺到して危険な場合があります。安全に避難できるよう、メガホンを用意して担当者が指示・誘導を行ってください。
初動対応のマニュアル化
自然災害発生時は初動対応が重要です。自然災害が起こったときに、まず何をするのか、どのような手順で行うのかなどについて、さまざまなケースを想定してマニュアルに記載しておくことが必要とされます。
なすべき事柄として挙げられる一例は、次のとおりです。
- 社員の安否確認
- 負傷者の救助や救護
- 避難経路の確認や誘導
- 出火した場合の初期消火
- 津波や土砂災害に備えた緊急避難
- 機密性の高いデータの保護
それぞれ担当者を決めて、どのように行動すべきかマニュアル化しておきましょう。
社員の安否確認など、手作業では時間がかかるものについては、システムによる対応も一案です。たとえば、社員の安否確認について、こちらの安否確認サービスなども検討してみてください。
企業防災マニュアルを作成するポイント
企業防災マニュアルに盛り込む内容について解説しましたが、つづいては、マニュアルを作成する際に押さえておきたいポイントをご紹介します。
まずは作成をしてみる
いつ大きな自然災害が起きても不思議ではない昨今、企業防災マニュアルの作成は急務です。しかし、最初から完璧なマニュアルを目指して取り掛かろうとすると、頓挫してしまいがちです。
まず「必ず行うべきこと」をマニュアル化し、そのあとに「やったほうがいいこと」を付け加え、少しずつ作成することも検討してみましょう。
企業によってマニュアル化が必要な内容は異なります。優先順位や予算に合わせて作成を進めましょう。
訓練で実行し、見直し・修正を行いブラッシュアップをする
企業防災マニュアルは、一度作成したらそれで完成ではありません。常に計画を見直して修正を行うことが必要です。マニュアルをもとにして、定期的に防災訓練を行い、訓練後に従業員で意見を出し合い、課題を洗い出すことが重要です。課題を発見できる仕組みを作り、マニュアルのブラッシュアップを図りましょう。
経営陣の理解を得る
防災対策は企業の経営にかかわる重要な事柄ですので、経営陣がその内容をしっかり認識することが重要です。経営陣の理解なくして、防災対策は正しく進められません。防災担当者は、作成したマニュアルの必要性を経営陣に理解してもらえるよう努める必要があります。
参考になる分かりやすい防災マニュアル例
ここでは、防災マニュアルを作成する際の参考になる、分かりやすい例をご紹介します。
ひとつ目は大分市の「職場の防災マニュアル」です。
「平常時の備え」と「緊急時の対応」に分けてまとめられているため、分かりやすいことが特徴です。津波・地震・洪水のハザードマップや避難所一覧も掲載されており、これひとつで防災に関するさまざまなことが理解できます。
ふたつ目は、静岡県危機管理部の防災マニュアル「ふじのくに防災ナビ」です。
こちらもイラストを中心に書かれており、視覚的に分かりやすい構成になっています。自然災害が発生した際の活動例・役割分担例・避難訓練方法などが具体的に記載されており、理解しやすい内容です。巻末には、二次元バーコードで簡単にアクセスできる防災に関するリンク集や、自主防災組織チェックリストの例も掲載されています。
企業防災マニュアルとBCP(事業継続計画)の違い
ここまで企業防災マニュアルについて解説してきましたが、BCP(事業継続計画)との違いは一体どこにあるのでしょう。企業防災マニュアルに厳密な定義があるわけではなく、企業防災マニュアルとBCPの内容がほぼ同じなものもありますが、防災とBCPのそれぞれの役割の違いを理解することは重要かと思います。
ここでは、企業防災マニュアルとBCPに求められる役割について確認します。
企業防災マニュアルは自然災害かつ事前対策に重点
多くの企業防災マニュアルは自然災害や火災が対象です。たとえば、地震や火災、近年では洪水の被害も多くなっています。
また、企業防災マニュアルは、どちらかというと事前の被害を防ぐ対策に主眼が置かれていることも特徴的です。もちろん災害発生後の行動について記載されているものも多く、それらはBCPの内容と同一なものもあります。
企業防災マニュアルは自然災害かつ事前対策に重点
BCPは自然災害のみならず、人的災害やサイバー攻撃、パンデミックなどあらゆる緊急事態を想定して作成されています。
緊急事態発生時に、被害を最小限にし、被害が出た場合も迅速な復旧によって、事業を継続させることが大きな目的です。自然災害のような被害・影響からの復旧だけでなく、が受けた被害が、顧客をはじめとする社会に影響を及ぼすおそれがあるため、それを防ぐために広い視点で対策を立てることにも主眼があるのがBCPの特徴です。
企業防災マニュアルとBCPは両方必要
企業防災マニュアルとBCPは、両者とも企業にとって重要なものです。企業防災マニュアルは、どちらかといえば自然災害かつ起きる前の備えに重点が置かれています。それに対してBCPは、様々な緊急事態を想定し、とくに緊急事態発生以降の事業継続の実現に重きを置かれて計画しているものです。どちらか一方ではなく、両方の考え方をもとに、マニュアル・計画を用意しておきましょう。
企業防災マニュアルやBCPを作成して「もしも」のときに備えよう
企業防災マニュアルは、自然災害が起きた際、被害を最小限に抑えるために重要な役割を果たします。非常時にはBCPと両輪で企業を支えることも考えられます。
作成にあたっては、最初から完璧なマニュアルを作ろうとせずに、優先度の高い事柄から順にマニュアル化し、徐々に項目を増やしていくことがおすすめです。作成後は訓練などをもとに定期的に見直しを行って、ブラッシュアップを図ってください。
企業防災マニュアルとBCP、両方の視点を大切にしながらマニュアル・計画を作成して、災害発生時に備えましょう。
監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。