監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。
病院において避難訓練の実施は法で定められた義務です。訓練を適切で効果的に実施するためには訓練マニュアルの策定が欠かせません。
本稿では、病院における避難訓練の種類や実施マニュアルの要件やポイントについて解説します。
目次
避難訓練は病院では義務?
病院だけでなく、消防法において防火対象物と指定された施設には避難訓練の実施義務があります。
さらに、病院は特定防火対象物に指定されており、防火管理者の設置と年2回の避難訓練の実施義務が課されている施設です。
避難訓練義務化の対象施設
消防法の防火対象物として指定されている施設の一部を示します。〇印のついている施設が特定防火対象物です。
項別 | 施設、用途 |
1 | 〇劇場、〇映画館、〇公会堂や集会場 |
2 | 〇キャバレーなど、〇遊技場またはダンスホール、〇性風俗特定関連事業を営む店舗、〇カラオケボックスなど |
3 | 〇待合、料理店に類するもの、〇飲食店 |
4 | 〇百貨店、〇マーケットや展示場 |
5 | 〇旅館、〇ホテル、寄宿舎や共同住宅 |
6 | 〇病院や診療所、〇養護老人ホームや入所施設、〇デイサービスセンター、〇幼稚園や特別支援学校 |
7 | 小学校、中学校、高等学校、大学など各種学校に類するもの |
8 | 図書館、博物館、美術館及びそれに類するもの |
9 | 〇公衆浴場のうち蒸気浴場、熱気浴場に類するもの、それ以外の公衆浴場 |
病院には避難訓練が義務づけられている
厚生労働省の通達した病院などにおける防火・防災対策要綱において、病院には人命尊重の観点から防火/防災安全対策を講じることが求められています。
病院は消防法における特定防火対象物であり、防火管理者の設置と消防計画の作成、年2回の消火訓練、避難訓練の実施が義務づけられています。
防災管理上必要な業務を怠った場合のペナルティは、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金という罰則です。
病院では、人命尊重の観点でも、法の遵守の観点でも、避難訓練の実施は必須です。
避難訓練の種類
「避難訓練」と一概に言われますが、具体的にはさまざまな要素的な訓練によって構成されています。例えば、下記のような要素的な訓練が挙げられます。
訓練の種類 | 目的 |
火災発見、通報、連絡訓練 | 消防機関への通報要領、施設内への連絡方法などの技能の向上。 |
初期消火訓練 | 建物に備え付けられた消火設備の場所や性能を知り、取扱技術の向上を図る。 |
避難誘導訓練 | 避難経路の決定、避難指示要領や避難器具の使用方法などの技能の向上を図る。 |
搬送訓練 | 自力で避難することができない人(患者など)を適切な場所まで避難支援・搬送する技術の向上を図る。 |
安否確認訓練 | 無事に避難できたか関係者の安否確認技術の向上を図る。 |
その他の訓練 | 救助救出訓練、災害対策本部立ち上げ、運営訓練、地震災害訓練、津波避難訓練など |
火災発生を想定し、消火・通報・避難まですべての要素を含めて行われる訓練を総合訓練と呼んでいます。
病院の避難訓練の実施回数の目安
病院は特定防火対象物に指定されているため、消火訓練や避難訓練の実施頻度についても定められています。
病院の避難訓練の場合、その頻度は年に2回以上です。
ここからは、避難訓練の実施頻度や要件について解説します。
最低ラインは1年に2回
特定防火対象物である病院の場合、避難訓練の実施回数については「年2回以上」と定められています。消火訓練も同様に年2回以上ですので、消火訓練と避難訓練は同時に実施することが望ましいでしょう。
また、通報訓練に関しては「消防計画に定める回数」とされていますが、年1回以上の実施が求められています。
避難訓練は、その計画策定にあたり、消防署などと連携することが求められます。
このほか、特定用途防火対象物に指定された施設が訓練を行う場合は、事前に管轄する消防署への連絡が必要です。
1回は夜間に実施するように努める
病院は、2回の避難訓練のうち1回は夜間に実施することが努力義務とされています。夜間の避難訓練は、職員の数が不足している点や、安全な場所への避難を暗い状況で行うなどの想定がされています。
避難訓練のなかでも難しい反面、実施することで日常とは異なる災害への気づきが生まれ、本番への対応能力向上につながるという高い効果が期待できる訓練です。
火災の発生の場合、初期消火と患者の避難誘導のどちらを優先するか、安全な避難誘導のノウハウなど病院側が検討する課題も多く、計画の策定にあたっては詳細な検討が求められます。
地震などの災害を想定した夜間の避難訓練の場合、避難経路が地震による被害によって通行できなくならないかの確認や地震で損壊している状況での避難誘導を行うため、より訓練効果が高いといえるでしょう。
病院の避難訓練マニュアルの重要性
病院における避難訓練マニュアルは緊急時に患者やその家族、病院関係者の命を守ること、また施設や設備を速やかに復旧させる重要な役割を担っています。
また、緊急時に病院スタッフがどのように、役割分担をしながら対応できるか、その動きを実際に確認できる点でも効果的です。
緊急時のスタッフの動きを確認できる
避難訓練のマニュアル策定においては、各スタッフに非常時に求められる行動や果たすべき役割が示されます。それらを周知徹底した上で訓練を行うことで、スタッフは各自の役割や求められる行動が確認できます。
また、防災管理者はスタッフの動きを実際に訓練で確認した上で、マニュアルの改善や改訂に活用しましょう。
訓練を重ねることにより、スタッフは緊急時でも連携して人命救助や災害復旧、事業継続にあたることができます。災害発生前にあらかじめ役割が定められていることで、緊急時にも慌てずに患者やスタッフの命を守れるのです。
緊急時でも患者の命を守ることができる
避難訓練マニュアルの策定と訓練の実施は、何よりも入院患者をはじめとする患者やその家族、病院関係者の人命確保が目的とされます。
さらに、病院には災害時に外部からの怪我人や患者を受け入れる役割があります。患者をはじめとする人々の人命を確保しつつ病院としての緊急対応の役割を果たすために、避難訓練マニュアルで非常時の行動や役割を事前にスタッフが共通認識しておくことが役立つのです。
このため、避難訓練マニュアルの策定にあたっては、患者の人命の尊重と医療施設としての業務の双方を念頭において内容を定めることが求められます。
施設や設備を速やかに復旧できる
避難訓練マニュアルの目的の一つに、施設や設備の復旧を速やかに行い、事業継続につなげることが挙げられます。現代の医療施設では電気を使用する施設や設備が多く、災害による施設や設備の被害や影響の中でも、とくに停電は業務継続に与えるダメージが深刻になります。
避難訓練のマニュアル策定にあたって、こうした被害を想定し、予備電源や非常用電源の準備や起動方法の項目を含めておくことで、実際に非常事態が発生した場合の施設や設備の保守と機能の継続性を確保することができます。
病院の避難訓練マニュアルの策定ポイント
避難訓練マニュアルの策定は、その役割の重さを鑑みると責任の重い作業です。本稿では、病院の避難訓練マニュアルの策定にあたり、そのポイントや求められる内容について解説します。重視すべきポイントや定期的な見直しと改善によって、実効性の高い避難訓練マニュアルを策定してください。
ガイドラインや他施設のマニュアルを参考にする
多くの自治体では、医療施設向けの避難訓練の実施マニュアルやガイドラインが制定されています。避難訓練マニュアルの策定にあたっては、こうした自治体のガイドラインの参照が有効です。また、他の施設が公表しているマニュアルも参考にできます。
マニュアルが公表されていても、施設の規模や設備によって訓練内容が自分の施設にそぐわないケースが多々あります。そのため、そのままコピー&ペーストすることはなかなかできません。自治体のガイドラインや策定マニュアルを参考にし、自分の施設に合致した避難訓練マニュアルの策定を目指しましょう。
情報収集の方法や連絡手段を統一する
マニュアル策定時に重要になるポイントは、非常時の緊急連絡手段や情報収集の方法をあらかじめ定めておくことです。
災害時は通信障害や通話制限がかけられることがあり、スタッフや関係機関と連絡が取れなくなる危険性が高く、SNSなどさまざまな連絡媒体を同時に使用すると情報の錯綜や見逃しリスクも高まります。
避難訓練マニュアルの策定にあたり、災害時の連絡手段や情報収集の方法において十分に注意してください。
災害時の連絡や情報収集には、安否確認システムの活用も有効です。
→安否確認サービスの訴求
https://www.anpikakunin.com/trial
DR対策をする
DR対策のDRとは”Disaster Recovery”の略で、DR対策とは、災害後の復旧についての対策という意味です。特にDR対策は、災害によって被害を受けた情報システムの復旧についての対策のことを指します。
病院の事業継続に支障が出るような非常事態が発生することを想定し、システムの復旧方法を事前に検討、対策しておきましょう。
病院は患者の電子カルテや電気設備などで独自のシステムを導入している施設が多いため、事前にDR対策について万全の対策をとっておくことが求められます。DRの成否が、医療機関としての事業の継続性に直結しているといっても過言ではないでしょう。
このため、避難訓練マニュアルの策定においても、DR対策を明記しておくことは必要不可欠です。
定期的な見直しと改善をする
避難訓練のマニュアルは、策定するだけでなく定期的な見直しと改善をすることでより実践的かつ効果的になります。
災害や非常事態への対応も、最適な対策方法は時代や状況に合わせて変化するのが常です。避難訓練マニュアルをもとに行った結果、対応の内容や優先順位の修正が必要になったり、新規のシステム導入などでマニュアルを変更しなければならない場合も考えられます。
策定したマニュアルは定期的に見直しと改善を行い、現状の施設に合った最適なマニュアルを目指し続けましょう。
病院の避難訓練マニュアルの策定に役立つツール
現在はITツールの発達に伴い、災害などの緊急事態において役立つシステムやツールが多数リリースされています。本稿では、安否確認ツールやDR対策ツールなど、避難訓練マニュアルの策定に役立つツールをご紹介します。
安否確認ツール
安否確認ツールは、災害や非常事態の発生時に、スタッフの安否確認メールの送信から返信の集計、分析までを自動で行うシステムです。
安否確認だけでなく、掲示板システムによる一斉連絡や状況の共有も可能です。プライバシー機能を活用し、スタッフがその家族と連絡を取ることもできます。
会議機能や天候状況を把握できる機能も備えられており、非常時に重宝するツールです。
たとえば、トヨクモが開発をした以下のシステムがあります。興味がある方は、ぜひ下記をご覧ください。
DR対策ツール
DR対策ツールは、自然災害や非常事態の発生に伴って、事業活動に関わるシステムなどの復旧に役立つツールです。データのバックアップで電子カルテの内容や機材のデータを守る、あるいはデータの二重化によって保護する対策が行われます。
代表的なツールは以下のとおりです。ご参考ください。
情報共有ツール
情報共有ツールの確保は避難訓練マニュアルの策定においても重要です。非常時は電話での連絡は困難となるため、インターネットを利用した連絡手段があると便利でしょう。
東日本大震災において、電話がつながらない状況でSNSが活用できた、という事例もありました。ただし、SkypeなどのSNSの一部は緊急連絡手段としての使用を避けるよう呼び掛けられています。
適切な情報共有ツールを指定しておくことで、スタッフの招集や指示にも役立ちます。
病院の避難訓練マニュアルは定期的に改善しよう
病院における避難訓練および避難訓練マニュアルの策定は、災害時や非常事態において患者やその家族、病院関係者の命を守ります。それだけでなく適切な災害対応、早期の復旧によって事業継続を可能にして、災害による傷病者からの患者の受け入れなど、医療機関としての役割を果たすためにも重要な防災対策です。
避難訓練マニュアルを策定し、訓練を実施しながら定期的にその内容を改善していくことで、マニュアルの効果はより高まります。ぜひシステム導入なども検討しながら、災害対応能力の向上を図ってください。
監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。