【専門家が解説】韓国・羽田の航空事故から考える重大事故BCPの重要性

福岡 幸二(ふくおか こうじ)
2024年に起きた韓国の務安国際空港と羽田空港での航空機事故。それぞれ異なる背景を持ちながらも、どちらも安全管理やBCPの重要性を考え直すきっかけとなる出来事でした。空港の環境要因が事故に影響を与えたことや、教育訓練の課題、ヒューマンエラーが関与している可能性が指摘されています。
この記事では、BCP&BCMコンサルティングの代表であり、マンダリンオリエンタル東京、沖縄科学技術大学院大学、九州大学などでBCM(事業継続マネジメント)の構築と運用、安全管理とリスク管理に携わってきた福岡 幸二氏が、これらの事故から得られる教訓を整理。企業が安全対策や重大事故BCP策定に役立てるためのヒントを、わかりやすく解説します。
※務安国際空港事故に関しては韓国国土交通部や各報道機関の情報、羽田空港事故は運輸安全委員会の経過報告など現在判明している事実情報をベースに掲載しています。
目次
2つの事故に学ぶ教訓
務安国際空港での事故は、発生から間もないため、まだ不明な点も多く残されています。それでも、羽田空港で起きた航空機事故と比較することで、いくつかの重要な共通点が見えてきます。詳しい内容については後述しますが、ここでは両事故から得られる主な教訓を紹介します。
まず注目すべきは、空港の環境要因が事故に影響を与えた点です。務安国際空港では、補強されたローカライザー(着陸支援装置)の配置が、緊急時の脱出を妨げました。一方、羽田空港の事故では、海上保安庁機(以下、海保機)の白色灯火が飛行場灯火と同化し、視認性が低下する状況を生んでいました。
さらに、両事故には教育訓練やヒューマンエラーが背景にある可能性が指摘されています。このような課題は、航空業界に限らず、建設業や製造業、大学など、さまざまな分野でも共有されるリスクです。
これらの教訓は、重大事故の防止に向けた事業継続計画(BCP)の重要性を改めて示しています。また、事故を未然に防ぐためには、「ニアミスデータの収集と分析」や「他社の事故調査結果を活かした安全対策の強化」といった具体的な取り組みが求められるでしょう。これらの詳細なポイントについては、記事の後半で詳しく解説していきます。まずは、2025年1月現在判明している範囲での両事故の概要・事故原因を紹介します。
2025年1月現在判明している範囲での両事故の概要・事故原因を紹介します。
1.務安国際空港事故の概要と事故要因
事故の概要
2024年12月29日、韓国務安国際空港でバンコク発チェジュ航空の旅客機が着陸に失敗しました。機体は炎上し、乗客乗員181名中179名が犠牲となる大惨事となりました。
事故の経緯
・8時54分、事故機は管制官から滑走路01方向への着陸許可を取得。
・8時57分、機体に鳥が衝突するバードストライクの警告を受ける。
・8時59分、パイロットがバードストライクを報告し、救難信号を発信。着陸をやり直すため機体を上昇させる。
・管制官から同滑走路を反対方向から着陸することになる滑走路19への着陸許可を得て、右旋回で進入を開始。
・9時2分、着陸ギアやタイヤが出ていない状態での胴体着陸を実施。
・9時3分、滑走路前方のコンクリートで土台を補強されたローカライザーに衝突し、爆発・炎上。
事故の要因
バードストライクのリスク
務安国際空港は渡り鳥の飛来地であり、韓国国内の空港と比較してバードストライクの発生率が高い空港でした。しかし、バードストライク対策の担当者数は他空港と比べて少ない状況でした。
日本でもバードストライクは決して珍しいものではありません。2023年の国土交通省の統計によると、国内の空港で年間2,472,182回の離着陸のうち1,499件でバードストライクが発生。その中で航空機が損傷したケースは59件、確率にして0.0006%です。特に滑走路進入中に発生するケースが多く、21件が報告されていますが、これらはいずれも航空機事故にはつながっていません。
バードストライクへの対策
多くの空港では、以下の方法でバードストライク対策を行っています:
- バードパトロールの実施
- 銃器や煙火、スピーカーを活用した鳥類駆除
- 鳥類の餌場防除
- バードストライクデータベースの活用
これらの対策は、飛来する鳥類の行動や特性に基づいて設計されています。また、航空機側でも引き返しや目的地の変更、離陸中止、進入・着陸復行(ゴーアラウンド)といった対応策を取ることで事故を防いでいます。
事故機の調査結果
事故機の調査では、右側エンジンに鳥の羽が付着していたことが確認されました。通常、片方のエンジンが停止しても、操縦系統に大きな影響はなく、着陸ギアやタイヤを正常に下ろすことが可能です。しかし、今回の事故では胴体着陸が行われ、油圧系統の不具合や両エンジンの停止が原因として疑われています。
航空機には手動操作で着陸ギアを下ろすためのバックアップシステムが装備されており、パイロットの訓練にもこの操作が含まれています。
航空会社の安全管理システム(SMS)の重要性
航空会社は、日常の安全確保と緊急事態への備えのため、安全管理システム(SMS:Safety Management System)を導入しています。このシステムは、安全リスクの管理と保証(Safety Risk Management and Safety Assurance)を柱とし、組織全体で実行されています。
乗員は緊急事態に迅速に対応できるよう、定期的な教育訓練を受けています。また、自社や他社で発生した航空機事故の調査結果を基に、判明した教訓を訓練に反映させることで、常に最新の知識と対応スキルを維持しています。たとえば、事故機のパイロットは両エンジンが停止した場合でも、手動用レバーを使用して着陸ギアを展開する手順を訓練されています。
リスクアセスメントの徹底
SMSでは、離着陸する空港の環境要素を事前に評価するリスクアセスメントが必須とされています。この評価には、
- 気象条件:バードストライクや風雪、霧の発生状況
- 飛行経路:着陸までの経路と滑走路・誘導路の特性
- 支援設備:航空機の離着陸を補助する施設の状況
- 事故・インシデントのデータ:空港で発生した過去の事例を分析
といった内容が含まれます。
この中で務安国際空港のローカライザーの情報も、本来であれば認識されるべき重要な情報です。コンクリートで補強されていない通常のローカライザーは、航空機が衝突しても大きな損傷を与えないよう設計されています。
記録装置の欠陥とその影響
事故調査では、飛行記録装置(FDR)と操縦室用音声記録装置(CVR)が衝突の4分前から記録を停止していたことが判明しました。これは電気系統の故障による可能性が高いとされています。
国際民間航空機関(ICAO)は、CVRが電気系統が断たれた場合でも補助バッテリーで10分間記録を続けることを義務付けていますが、この規定は2018年以降に製造された航空機にのみ適用されます。本事故機はこの対象外であり、記録が途絶えた原因究明が進められています。
今後の課題と事故要因解明の必要性
今回の事故を完全に解明するには、
- 事故機のハードウェアの問題点
- パイロットの教育訓練の内容も含めた緊急事態発生時の対応
- 航空会社のパイロットに対する労務管理
- 離着陸空港の情報収集と共有及び安全管理体制
- 管制官については滑走路19への着陸許可の経緯とローカライザーの構造の認識
- バードストライク警告のタイミング
- 空港管理会社のバードストライク対策
- 堅牢なローカライザー設置の背景
といった内容の検証が求められます。
2.羽田空港航空機衝突事故の概要と要因
事故の概要
2024年1月2日午後5時47分、羽田空港(東京国際空港)のC滑走路で、2機の航空機が衝突する重大事故が発生しました。この事故では、進入許可を得たと思い込んで滑走路に誤って進入し、約40秒間停止していた海上保安庁の航空機(以下、海保機)と、着陸許可を得て滑走路に進入した日本航空機(以下、日航機)が衝突しました。
この事故で、海保機は乗員6名中5名が犠牲になりました。一方、日航機は機体が炎上し、機内は煙に覆われる危険な状況の中、前部2か所と後部1か所の緊急脱出シューターが迅速に展開され、全員(乗員12名、乗客367名、そのうち幼児が8名)が避難することができました。
日航機の乗客乗員全員の脱出は「奇跡の脱出」として世界中で報道されました。物的被害としては全損しましたが、乗員乗客の命は無事でした。安全工学の観点から言えば、多重防護層の最後の砦が機能したことになります。
事故の要因:海保機側
管制官との交信ミスによる誤解
海保機の交信記録によれば、管制官はC滑走路の停止線C-5で停止するよう指示を出しており、海保機の機長もこれを復唱していました。しかし、「ナンバーワン」という離陸順番を示す用語が併用されており、これが誤解を招く原因となりました。機長は、この「ナンバーワン」を滑走路進入許可と誤解し、「滑走路に入って待機してください」との指示と解釈したと運輸安全委員会で述べています。
この誤解により、海保機は滑走路進入後、離陸前点検を開始。本来は滑走路進入許可を得た後に行う手順(離陸前点検)を、機長の指示で副操縦員が実施していました。この際、コクピット内では「思い込み」が優勢となっていたわけです。
今回の事故は、1977年に発生した「テネリフェの悲劇」と共通点があります。この事故では、管制官とパイロットの交信内容に起因する「思い込み」が原因で、2機のジャンボ機が滑走路上で衝突し、583名が犠牲となりました。この事故を受け、ICAO(国際民間航空機関)は航空用語の統一やあいまいな表現の排除など、大規模な改革を実施しました。
コクピット内の注意散漫と外部要因
事故当時、海保機のコクピットでは管制官との交信だけでなく、能登半島地震に関連する任務の調整も行われていました。この多重タスクが注意散漫(distraction)を引き起こし、航空機の離陸準備に集中できない状態を招いたと考えられます。
注意散漫は航空業界に限らず、さまざまな分野で事故の原因となっています。たとえば、2012年にイタリアで発生した豪華客船コスタ・コンコルディア号の座礁事故(32名死亡、60名負傷)でも、注意散漫が重要な寄与要因でした。
日航機側の事故要因
視認の困難さがもたらした誤認
日航機のパイロットは滑走路を目視で確認していましたが、夜間の状況下では海保機が滑走路上に停止していることに気付くことができませんでした。海保機は接地帯灯の付近に停止しており、その衝突防止灯の白色灯火が周囲の飛行場灯火に溶け込み、区別が困難な状態でした。
さらに、日航機のパイロットはヘッドアップディスプレイ(HUD)を使用しており、計器情報がガラス版に投影されていました。このシステムも海保機の灯火を視認しにくくさせる要因となりました。こうした状況では、海保機の存在を識別することが難しかったと考えられます。
管制官側の事故要因
監視体制の不備と情報の見落とし
海保機は停止線を越え、C滑走路上に進入後、約40秒間停止していました。しかし、管制官はこの誤進入と停止を認識できていませんでした。管制所には滑走路占有監視支援機能が設けられており、2機以上の進入があると滑走路が黄色に表示され、注意喚起が行われる仕組みになっています。
注意喚起の状況
事故当時、監視支援機能は正常に作動し、68秒間にわたり注意喚起が表示されていました。しかし、管制官はこの機能を十分に信頼しておらず(実際に滑走路の占有が重なっていない場合も注意喚起が表示されることがあった)、教育訓練も不足していました。
加えて、1人の管制官が同時に7機を目視で監視しており、視線を外の監視から卓上の画面に移した間に海保機の進入が発生。作業負荷が高かったことが重要な情報を見落とす原因の一つとなりました。
総合的な事故要因
ヒューマンエラーの積み重ね
管制官、日航機、海保機の3者いずれも、衝突直前の滑走路上の状況を正確に認識できていませんでした。これにより、複数のヒューマンエラーが同時に異なる組織で連鎖し、事故に至ったと考えられます。
今後、再発防止のため、複数のヒューマンエラーが発生するに至った背後要因を深堀りする必要があります。また、各組織で実行されている安全管理システムの状況、教育訓練、ニアミス収集と問題点の改善、教訓の活用実態などを詳しく調査分析する必要があるでしょう。
3.両事故の共通点と相違点
共通点:環境要因
両事故に共通して見られるのは、飛行場の環境要因が事故に影響を及ぼした点です。
務安国際空港では、堅牢なローカライザーの存在が緊急脱出の妨げになりました。羽田空港では、海保機の白色灯火が飛行場の白色灯火に溶け込み、視認が困難な状況を生み出しました。
さらに、管制官とパイロットの交信や教育訓練における問題点も、両事故で共通する可能性があります。これらの要素が複数のヒューマンエラーを引き起こしたと考えられます。
相違点:トリガーの違い
事故の発生に至る直接的な要因(トリガー)には明確な違いが見られます。
務安国際空港事故では、チェジュ航空の機体がバードストライクを受け、エンジンが停止しました。これが事故の引き金となりました。多重防護層の最後の砦である乗員の迅速な緊急脱出行動は、ローカライザーに阻まれました。
羽田空港事故では、海保機の機長と管制官の交信において、あいまいな表現と注意散漫が原因で滑走路への誤進入が発生しました。
企業防災とBCPへの活用
大事故に備えるBCP策定の重要性
航空機、船舶、鉄道などの運輸業、建設業、製造業、さらには大学などの教育機関においても、大事故を想定したBCP(事業継続計画)の策定が求められます。重大事故は、運航・操業・教育研究活動の長期停止を引き起こし、組織に深刻な影響を与え、廃業に追い込まれた企業も存在します。
BCPの目的は以下の通りです。
- 被害の軽減と顧客対応の支援
- 事業の早期復旧
- 事故再発防止
BCPに含まれる具体的な内容
効果的なBCPには、例えば以下の内容が含まれます。
項目 | 内容 |
対策本部と対応班の設置 | 各メンバーの責任と役割を明確化。 |
事故発生時の通報と対応 | 被害の軽減や二次災害の防止。 |
現場での顧客対応 | 関係機関や組織との調整を含む。 |
被害者とその遺族への支援 | 補償や訴訟対応を含む体制整備。 |
事故後の運航や事業再開の準備 | 必要な機材の手配と調整。 |
第三者機関による事故調査の実施 | 明らかになった原因に基づく是正措置の実施。 |
安全管理システム(SMS)の強化 | 事故要因を反映した社員教育と再発防止策の継続的改善。 |
事故未然防止への取り組み
事故発生後の対応を整備するだけでなく、未然に防止する取り組みももちろん重要です。
平時から以下の取り組みを行うことで、重大事故の発生リスクを低減できます:
- ニアミスデータの収集と分析
- 他社の事故調査結果からの教訓の活用
- 定期的な社員教育訓練
- 職場巡視と監査
- SMSの継続的改善
重大事故BCPは、地震や津波といった自然災害を想定したBCPと共通する部分があります。どちらも危機的状況の発生後に迅速かつ的確な対応を行い、早急な事業の完全復旧を目指していることは同じです。これを実現するためには、平時からの準備が欠かせません。
2つの事故の教訓をどう活かすべきか
2つの航空機事故では、教育不足やコミュニケーションの課題が複数のヒューマンエラーを引き起こした可能性が指摘されています。これらの課題は運輸業界に限らず、さまざまな業種の重大事故の要因にもなり得ます。企業は、職場巡視や社員教育訓練といった未然防止策が実際に機能しているか、定期的に確認する必要があります。
また、重大事故発生時に備えた重大事故BCPの策定も重要です。しかし、重大事故BCPは策定に高度な知識と経験が求められるため、専門家のサポートを受けることをおすすめします。
執筆者:福岡 幸二(ふくおか こうじ)
BCP&BCMコンサルティング代表/元九州大学危機管理室 特任教授(博士) 神戸大学大学院海事科学研究科で博士号(海事科学)を取得。マンダリンオリエンタル東京、沖縄科学技術大学院大学、九州大学などで、地震・津波など自然災害や重大事故を含むBCM(事業継続マネジメント)を実装してきた実績を持つ。 2024年に起業しBCP&BCMコンサルティング代表として、大学や企業にカスタマイズされたBCM(事業継続マネジメント)およびSMS(安全管理システム)の構築を提供している。 国際海事機関(IMO)の分析官や事故調査官として国際的な活動も経験。著書に『Accident Prevention and Investigation: A Systematic Guide for Professionals, Educators, Researchers, and Students』(2025)、『Safer Seas: Systematic Accident Prevention』(2019年)があり、大学の実験室での事故防止策に関する論文をScientific Reports誌に発表するなど、現在国内外で活動し危機管理と安全管理を専門とする科学者兼実務家である。 プロフィール:https://bcp-bcmconsulting.com/about/