例年、冬場の時期に差し掛かると、新型インフルエンザの出現やその猛威を伝えるニュースがメディアを賑わせます。
一年の中で、1月から2月の間が最も患者数の多い時期といわれ、企業にとっては人的リソースの関係上、頭を悩ます大きな問題だといえます。
ここでは、そんな事業者にとって不可欠な「新型インフルエンザに関する想定シナリオ」、およびその「対策方法」について解説していきます。
目次
事業継続にも多大な影響を及ぼす「新型インフルエンザ」の流行
新型インフルエンザ発生時の想定は、地震などの自然災害の発生時とは異なる想定が必要になります。それは建物や設備などの物理的な被害は発生しない一方で、ひとたび発症すると次々に社員間で感染が拡大し、社内の人的リソースに大きな被害を与える可能性があるという点にあります。
それにより、会社の建物や施設自体は通常通り使用することができたとしても、感染の予防、拡大の防止の観点から社員の出勤が困難になり、事業の継続に多大な影響を及ぼす恐れが想定されます。
2009年に流行した新型インフルエンザ
近年発生した大規模な流行事例と言えば、2009年の新型インフルエンザの流行が挙げられます。
2009年4月、メキシコで新型インフルエンザ(A型H1N1亜型インフルエンザ)の流行が発生し、その流行は瞬く間に全世界へと拡大されました。同年の5月9日には、成田空港での検疫で、カナダから帰国した高校生ら3人の感染が日本で初めて確認され、同年の11月末に感染のピークを迎えました。
当時、この新型インフルエンザの流行は世界中に大きな恐怖を与えました。その理由として、この流行の数年前に、東南アジアを中心に病原性の高いH5N1型の新型インフルエンザが確認され、感染した人は高い確率で死に至るという報道がされていたためです。
これまでに発症したH5N1型の新型インフルエンザでは、以下の様な数値が公表されています。
「WHOに報告されたヒトの鳥インフルエンザ(H5N1)確定症例数(2015年9月4日現在)」
2006年 症例数:115人 死亡数:79人
2007年 症例数:88人 死亡数:59人
2008年 症例数:44人 死亡数:33人
2009年 症例数:73人 死亡数:32人
2010年 症例数:48人 死亡数:24人
2011年 症例数:62人 死亡数:34人
2012年 症例数:32人 死亡数:20人
2013年 症例数:39人 死亡数:25人
2014年 症例数:52人 死亡数:22人
2015年 症例数:141人 死亡数:40人
(※こちらの数はWHOが検査で確定した症例のみの件数となっています。)
厚生労働省『新型インフルエンザ対策について』より
2009年の新型インフルエンザでは、約4000万人が死亡した1918年に流行したスペインインフルエンザ、約50万人が死亡した1968年の香港インフルエンザに次ぐ、世界的な大流行が叫ばれましたが、幸い、病原性の低いH5N1型だったこともあり、多くの被害が発生することなく収束しました。
しかし、日本国内においても、こういった新型インフルエンザの脅威が企業のBCP対策に与えた影響は少なくありません。
事業者に求められる「新型インフルエンザ想定シナリオ」
本格的な流行を見据え、企業は事業継続・危機管理の観点から、新型インフルエンザの発生を想定した被害シナリオの策定が求められます。
新型インフルエンザ対策および鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議によって発表された『事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン』によれば、大規模な新型インフルエンザの流行を想定し、以下のような被害予測が設定されています。
受信者数:医療機関を受診する患者数は最大で2, 500万人
入院患者数:53万人から200万人
死亡者数:17万人から64万人
従業員の欠勤:最大で40%程度
しかし、上記の数値はあくまでも過去の流行状況に基づいて予測されたものであり、今後発生し得る新型のインフルエンザがどの程度の感染力を持つかは明言することはできません。
新型インフルエンザ想定シナリオ・行動計画の策定
それでは具体的に、新型インフルエンザの流行を想定した場合に実施すべき対策について考えていきましょう。
事業者にとって求められる対策は、主に以下の4つの点に集約されます。
2. 従業員や利用客などを守る感染予防策の実施
3. 新型インフルエンザ発生時の事業継続の検討、策定
4. 定期的な従業員への教育・訓練の実施
1.迅速な意思決定が可能な体制の確立
緊急時の迅速な意思決定を可能にするために、正しい情報を継続的に入手することができる体制の構築が必要になります。
具体的には国内外の新型インフルエンザの感染状況や公共サービスに関する情報(厚生労働省、外務省などの政府による公式情報や、世界保健機構(WHO)等の公式情報)をリアルタイムに取得、共有できる体制を整えます。
また、意思決定者の発症・不在の場合に備え、代替方法による意思決定の仕組みも確立しておく必要があります。
さらに、事業所が複数の場所に分散されている場合、新型インフルエンザの流行時には事業所ごとに判断が求められるケースがあります。そのため、本社との連携が可能な別組織の設置が求められる場合があります。
2.従業員や利用客などを守る感染予防策の実施
事業者は、新型インフルエンザ発生時に従業員を勤務させる場合、必要十分な感染予防対策を行う必要があります。
やむを得ず感染者と接近することが想定される場合、可能な限り接触機会を減少させるために職場環境の整備や保護具の装着の検討が必要になります。また、状況によっては勤務形態の見直しも併せて検討する必要があります。
また、職場における感染のリスクを低下させるための方法としては、以下のような対策が効果的です。
・ 可能な限り在宅での勤務に切り替える
・ 対面での会議を割け、Skypeやビデオ会議を実施する
・ 訪問者が立ち入れる場所を制限する
・ 訪問スペースに出入りする前の手洗い消毒を義務化する
・ 感染者の訪問防止のため、訪問前の検温を実施する
3.新型インフルエンザ発生時の事業継続の検討、策定
新型インフルエンザの流行の波は、一度大規模に発生した後、1年以上にわたって複数回の流行の波が生じることが想定されます。そのため、直接的に従業員が欠勤するだけでなく、家族等の看病によって間接的に相当数の従業員が欠勤する事態に陥る可能性があります。
新型インフルエンザの流行時など、緊急時には従業員をテレワークに切り替えるなどの対応も必要になります。実際の導入事例については、『8割を超える企業で効果を実感!BCP観点でも効果が期待される「テレワーク」』の記事をご確認ください。
また、そういった事態に備え、事業者は予め被害状況に応じた人員計画を作成することも重要です。
4.定期的な従業員への教育・訓練の実施
事業者は新型インフルエンザ対策に対する従業員の意識を高めると共に、適切な行動をとれるよう、緊急時に備えた訓練の立案、実施が不可欠です。
・ 複数業務の兼務の想定
・ 個人保護具の着用
・ 出勤時の体温測定
・ 発熱外来への連絡、病院などへの搬送
・ 職場の消毒
・ 濃厚接触者の特定
・ 意思決定者の発症を想定した代替者による『ジャッジメント訓練』 など
また、事業者は定期的な訓練の実施のみならず、適宜、対応策や実施内容の見直しを行うことが重要です。
まとめ
事業者にとって、新型インフルエンザの発生時の被害シナリオの作成は事業継続の観点から不可欠であるといえます。
しかし、実際には地震などの自然災害と比べ、建物が壊れる等の物理的な被害が発生しない分、事前の想定や発生時の対策が遅れる傾向が見られます
被害を最小限に留めるためにも、事前に考えられ得る対策を講じましょう。