監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。
自然災害の発生によって帰宅困難者が出たときの対応は、企業としてマニュアル化しておく重要なポイントの1つです。この記事では、企業に求められる適切な対応や、事前にできる準備について解説します。
目次
東日本大震災における帰宅困難者の数について
2011年に東日本大震災が発生した際には、首都圏において515万人の帰宅困難者が出ました。「帰宅困難者」とは、災害によって徒歩による帰宅が困難な状況に陥ってしまった人のことです。被災した土地から自宅までの距離が離れている場合に該当します。
内閣府の定義によれば、自宅までの距離が10kmまではすべての人が「帰宅可能」、20km以上はすべての人が「帰宅困難」です。
数百万人規模の帰宅困難者が個々の判断で動くと、路上や駅・バス停周辺に滞留して渋滞を引き起こす可能性があります。救命・救助活動や消火活動の妨げになることも懸念されるため、二次災害の観点からも帰宅困難者への対応は重要と言えます。
参照:「災害発生時の帰宅困難者対策に関する事態調査」|総務省
「帰宅困難者に係る用語の定義について」|内閣府
企業に求められる帰宅困難者対策
従業員が帰宅困難者になった際は、企業側に適切な対応が求められます。ここからは、企業における帰宅困難者の対策について解説します。
一斉帰宅をせずに施設内(事業所内)で待機
一斉帰宅をさせず、施設内での待機を促すことは、帰宅困難者への対応において重要なポイントです。地震や台風の発生時には、屋内に留まったほうが安全とされているためです。
被災時にむやみに帰宅しようとすると、以下のような二次災害につながる可能性があります。
- 帰宅中に自然災害による被害を原因とした事故にあう
- 公共交通機関の運休により帰宅も出社もできない滞留者になる
- 車での帰宅中に渋滞に巻き込まれて、救命活動を阻害する一因となる
また、災害発生時には誰もが少なからず混乱した状態におかれます。面倒を見なければならない小さい子どもや高齢者がいる場合には、深く考えないまま「外がどのような状況であれとにかく帰宅したい」という従業員もでてきます。
企業においては、よほどの事情がない限りは、よほどの事情がない限りは、慌てて帰宅しようとする従業員たちを落ち着かせ、状況が把握できるまでは施設内に留まらせることが推奨されます。
従業員・家族の安否確認
地震発生時には、揺れがおさまった段階で速やかに安否確認をします。この際、従業員だけでなくその家族の安否確認を行えると、施設内に留まっている従業員は安心して待機しやすくなります。
安否確認を迅速に進めるためには、事前に複数の連絡手段を用意しておくことが大切です。安否確認サービスを使えば、一斉自動送信に加え、送信状況の確認もスムーズに行えます。送信可否や失敗している際はその原因把握もできるため、より正確な状況把握につながります。
従業員の待機期間、帰宅方法の管理
従業員の待機期間や帰宅方法を管理することも、帰宅困難者への対応として必要です。
従業員を施設内に安全に留めおく期間は、3日程度が目安とされています。内閣府のガイドラインによれば、各行政機関は4日目から帰宅支援に移行するためです。ただし、災害発生時の状況や行政からの避難指示などによって対応は変わります。
帰宅支援に移る際には、帰宅経路の安全や従業員の帰宅意思を確認する必要があります。また、安全に帰宅できたかどうかを確認する仕組みの用意が重要です。
参照:「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者対策のガイドライン」|内閣府(防災担当)
できれば、従業員以外の滞留者の受け入れも想定する
被災時の施設や事業所の状況に応じて、従業員以外の受け入れも想定しておきましょう。具体的には、以下の受け入れが考えられます。
- 顧客
- 取引先
- 地域住民
- 通勤・通学途中の人
- 観光客(観光地の企業)など
企業の姿勢として、受け入れ可能な状況であれば、隔たりなく受け入れる体制を整えておくことが理想的です。ただし、社内において滞在可能な場所と、重要な書類等があり立入禁止の場所とを、事前に取り決めておくことが重要です。
受け入れが難しい際は、地域の一時滞在施設に誘導できるようにしておきます。たとえば東京都には、
- 東京国際フォーラム
- 東京交通会館
- 台場フロンティアビル
225の一時滞在可能な施設があります。(2023年7月1日時点)各自治体が公開している情報を事前に確認しておくことが有効です。
参照:「都立一時滞在施設一覧」|東京都防災ホームページ
一斉帰宅をさせない理由・効果・取り組み方法
被災時に企業として求められる対応に、「一斉帰宅をさせない」があることは前述のとおりです。ここでは、一斉帰宅をさせない理由、効果、取り組み方法について詳しく解説します。
むやみに帰宅してはいけない理由
むやみに帰宅をさせない理由の第一義には、「1人でも多くの死者を出さないため」が挙げられます。
大規模地震では、本震がおさまった後に余震が続くことも多くあります。被害を受けていないように見える建物でも実際は本震で不安定になっていて、余震を受けて崩壊するかもしれません。会社の建物が安全であれば、しばらくはそこに留まることで、倒壊からの危険を避けることができます。
あるいは、道路が落下物によって通れない場合もあるでしょう。公共の交通機関が機能していなければ、そのような状況下で徒歩移動するしかありません。
ら多くの人がむやみに動けば、道路を渋滞させて大きな交通障害を引き起こす要因になります。結果として緊急車両の妨げになり、救命活動に支障をきたすリスクが高まります。
一斉帰宅を抑えることによる効果
一斉帰宅をさせないことで得られる効果には、大量の滞留者を減らし、迅速かつ適切な災害対応を可能にしやすくなることが挙げられます。災害時には誰もが混乱しているため、個人の判断に任せれば状況判断を誤る可能性があります。従業員が冷静に状況を把握して待機するためには、企業による自然の計画に基づいた事前の計画に基づいた適切な誘導が必要です。
また、従業員の一斉帰宅を抑えることで安否確認がしやすくなることも、企業にとって重要な点です。安否確認ができれば、速やかにBCPによる早期復旧・事業継続に向けた活動を再開(事業継続計画)による早期復旧・事業継続に向けた活動を開始できます。
企業ごとに取り組むことが求められる
帰宅困難者の対策は、企業ごとに異なる取り組みが求められます。業種もさることながら、業種もさることながら、規模や立地条件など、企業ごとに状況が違うためです。国や自治体が提示しているガイドラインに沿っていても、自社で実際に運用可能な対応でなければ意味がありません。
また、作成したマニュアルに無理があると、業務の回復に支障が出る可能性もあります。従業員の意見を取り入れながら、自社独自の体制づくりを目指すことがポイントです。避難場所や避難所などを事前に確認し、社内全体で共有しておきましょう。
帰宅困難者発生に備えた準備
帰宅困難者の発生にあらかじめ備えておくことで、迅速で柔軟な対応が可能です。事前の準備によって、従業員一人ひとりが適切な行動を取りやすくなります。
帰宅困難者対応マニュアルづくり
災害時に備えて、帰宅困難者対応のマニュアルを作成しておきます。マニュアルを作成して全体で共有することで、災害時にも一貫性のある対応が可能になります。
マニュアル作成時には、施設が存在する自治体のガイドラインを確認します。また、マニュアル上で災害対応体制や指揮系統を明確にし、各担当者の役割を示すこともポイントです。緊急時の対応を言語化及び視覚化することで、いざというときのイメージがつきやすくなるでしょう。あらかじめ動きを想定していれば、その状況に陥ったときに冷静な判断が可能です。
食料等備蓄と施設内安全対策
災害時における一時滞在のために、水や食料等を備蓄して施設内の安全を確保しておきます。
施設内での滞在期間は3日程度が目安です。3日間分の水や食料と防災グッズを備えておきましょう。用意しておく防災グッズの例としては以下が挙げられます。
- 毛布
- 非常用トイレ
- 薬や救急セット
- 生理用品
- ウェットティッシュ
- その他、衛生用品
- ポリ袋
- 停電に備えたモバイルバッテリー など
従業員だけでなく、訪問客や地域の方など従業員以外の人数も考慮して備えるとよいでしょう。
また、施設内の安全性を確認しておくことも大切です。耐震性の診断やそれに応じた補強を実施することで、滞在者が安心して過ごせる環境を確保しましょう。
その他対策
その他の対策として、性差を意識した対応も重要です。たとえば、以下のような備品や設備を用意することが考えられます。
- 女性用トイレや更衣室
- 生理用品
- メイク落とし
- 男女を分けた部屋 など
阪神・淡路大震災や阪神・淡路大震災や東日本大震災など過去など過去の経験から、女性特有のニーズに対応する必要があります。マニュアル作成時には、従業員の意見を広く参考にするとよいでしょう。マニュアル策定の段階で自社従業員の男女比を考慮しておくことも重要です。
安否確認システムの導入
安否確認システムを導入することも災害時の有効な備えになります。安否確認システムを活用することで、社内外を問わず、休暇中の従業員も含めて速やかに安否の確認が可能です。また、以下のメリットもあります。
- 一斉自動送信できる
- 自動で安否の集計ができる
- 家族の安否確認にも対応している
迅速な安否確認は早期の業務回復へとつながります。BCPの観点においても、安否確認システムは効率的なシステムと言えます。
定期的な防災訓練
災害時の帰宅困難者対応を想定した定期的な訓練の実施をしておくことで、災害時に帰宅困難者となった際にも落ち着いて行動できるようになります。
マニュアルを読むだけではイメージを掴みにくい場合があるため、防災訓練を定期的に実施して以下を確認しておきましょう。
- 実際に避難をはじめるのはどの段階か
- どの避難所に行くのか
- どの経路を選ぶのか
- 傷病者など突発的な事態が起きた時にどう対応するのか
また、防災訓練は備品や避難経路などの備えに不備がないかの確認としても有効です。
国による帰宅困難者の受け入れ対策
内閣府は2011年に起こった東日本大震災の経験から、帰宅困難者ガイドラインを策定しています。このガイドラインでは「むやみに移動しない」ことが基本姿勢として推奨されています。
また、首都直下型地震を想定した帰宅困難者等対策協議会の設置が同時進行で進められました。仮に首都で大規模地震が発生すれば、帰宅困難者の数は膨大なものになります。
それぞれの機関が個別に対応するのでは間に合わないでしょう。国や自治体だけでなく、報道機関・民間業者などの連携を促し、役割分担の明確化を図っています。
参照:「大規模地震発生に伴う帰宅困難者対策のガイドライン」|内閣府
各自治体による帰宅困難者の取り組み
自治体によって、帰宅困難者の対策はさまざまです。ここでは、東京都・愛知県・大阪府の例を挙げてそれぞれの取り組みについて解説します。
東京都
東京都における大規模地震の発生は、日本における最大規模の被害につながりかねません。そのため、東京都では首都直下地震を想定した帰宅困難者のガイドラインを設けています。
また、東京都帰宅困難者対策条例によって、東京都は事業者に対して以下の取り組みを努力義務として求めています。
- 従業員や施設などの安全確保
- 従業員の安否確認
- 3日分の水・食料の備蓄
- 災害時に安全な場所に留まることの周知
さらに、一斉帰宅抑制推進企業認定制度を設けて、条例に基づく取り組みを実施している企業の認定を行っています。
参照:「事業所における帰宅困難者対策ガイドライン」|東京都
「東京都帰宅困難者対策条例」|東京都防災ホームページ
「東京都一斉帰宅抑制推進企業認定制度実施要綱」|東京都防災ホームページ
愛知県
愛知県では、過去にも繰り返し大きな地震が発生しており、早い段階から対策に取り組んでいました。
現在では危険性を指摘されている南海トラフにおける大地震を前提にして、詳細なシミュレーションのもと対策が立てられています。この地震が起きた場合、最大で90万人前後の帰宅困難者が発生する想定です。
また名古屋市周辺では県境を跨いで通勤・通学している人が多いため、広域での取り組みを重要視しています。
大阪府
大阪府でも、南海トラフでの大規模地震や上町断層帯による大地震を危惧した対策が立てられています。南海トラフ地震地震で146万人、上町断層帯での地震では142万人の帰宅困難者数が発生する想定です。
また、大阪府では大規模地震の際に津波の被害も懸念されます。津波の襲来が予測されるケースでは、帰宅困難者の一斉帰宅抑制よりも避難を優先させることも提示されています。基本的には国のガイドラインを適用している一方で、独自の対策を講じている点がポイントです。
参照:「事業所における「一斉帰宅の抑制」対策ガイドライン|大阪府
帰宅困難者が出た場合には、企業ができる最善の準備をしよう!
企業として求められている帰宅困難者への対応は、一斉帰宅の抑制です。災害時には従業員の安否確認を迅速に行ったうえで、帰宅困難者となった従業員が安全に過ごせるように行動を促しましょう。
また、従業員だけでなくその家族の安否が分かれば、従業員も落ち着いて待機しやすくなります。安否確認システムの一例として、トヨクモの「安否確認サービス2」なども検討してみてください。
監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。