医療におけるリスクマネジメント|事例から導く具体的医療事故対策

遠藤 香大(えんどう こうだい)
医療現場におけるリスクマネジメントは、患者の安全を確保するだけでなく、医療施設で働く従業員の安全も守る重要な取り組みです。患者と従業員の安全は、質の高い医療サービスの基盤になります。
医療現場における従業員は感染症への曝露、攻撃的な患者や家族からの危害、長時間労働による身体的・メンタル的負担など、様々なリスクに日々さらされています。
この記事では、具体的事例を挙げながら、医療現場で発生するリスクとその対策について詳しく解説していきます。医療機関がリスクマネジメントに積極的に取り組むことで、患者に質の高い医療を提供しつつ、従業員の安全もより確保できるようになります。安全で効果的な医療サービスの提供に役立てていただければ幸いです。
目次
医療におけるリスクマネジメントとは:意味と目的
医療におけるリスクマネジメントとは、医療の質と安全性を高めて、患者や医療従事者に危害が及ぶリスクを最小限に抑えるための組織的な取り組みを意味します。
具体的な目的としては、次のようなものが挙げられます。
- 医療の質の向上を図り、適切な医療サービスを継続的に提供する
- 患者への医療過誤や以上事故を防止し、安全な医療を提供する
- 医療従事者の労働安全と健康を守る
- 医療機関の信頼性と社会的評価を向上させる
- 医療過誤に伴う賠償費用など経済的リスクを軽減する
リスクマネジメントの実践には、アクシデントやインシデント、ヒヤリハットなどのリスク事象を事前に予測し未然に防ぐ取り組みと、発生した事例の原因を分析して再発防止策を講じることが含まれます。
リスクマネジメントは、想定されるリスクを組織的に特定、評価、対策を立案し、安全で質の高い医療の提供を持続可能なものにするための極めて重要な取り組みといえます。
医療現場で起こりやすい医療事故やヒヤリハットの事例
それでは医療現場で起こりやすい医療事故やヒヤリハットの事例を以下に挙げます。実際の事例を紹介するので、同じような医療事故やヒヤリハットが起こりえないか確認してください。
【転倒・転落事故の事例】
- 携帯酸素で歩行中の患者に配膳車がぶつかった
- スポンジ状の枕が身体から外れて顔面に枕がかぶさった
【医療器具の消毒・滅菌ミスの事例】
- 未滅菌の手術用器械を滅菌済みだと思い込み、手術で使用した
【患者取り違えの事例】
- 名前間違いで他患者の点滴を施行した
- 食物アレルギーのある患児に、アレルギー食材が含まれる離乳食を提供した
【手順の実施漏れの事例】
- 薬剤注射の指示があったが、他のケアで注射をしていなかった
- 採血したスピッツを誤って破棄してしまい、再度採血が必要となった
【異物残存の事例】
- 手術で使用したガーゼが体内に残っていた
【医薬品や血液の有効機連切れの事例】
- 当日有効期限の血液製剤を翌日準備してしまった
医療従事者にとって、また医療にかかわる従業員にとっても、医療事故やヒヤリハットは日常の業務の中に潜んでいる切実な危険で、人命にかかわる重大な問題です。たとえ最善を尽くしていても、ミスやエラーは起こりうるものと考えるべきです。
「人為的ミスは避けられない」ものとして、リスクを可視化し、組織的なリスクマネジメントに取り組むことで、初めて安全で質の高い医療を実現できます。
医療事故対策の具体的な3つの実践法
医療事故が実際に起きて従業員から報告を受けたときに、医療施設の管理者がとるべき行動について、具体的に以下の3つが挙げられます。
- 迅速で適切な対応
- 患者・家族へのオープンな説明と支援
- 原因の分析と改善策の実施
それぞれについて説明していきます。
迅速で適切な対応
医療事故が発生したら、まずは客観的な事実関係を迅速に把握することが重要です。被害者の安全を確保し、必要な医療措置を講じます。同時に、事故の詳細で正確な情報収集をし、事故の原因や背景を把握するための調査を行います。事実を隠ぺいしたり歪めたりすることなく、透明性をもって対応することが不可欠です。
患者・家族へのオープンな説明と支援
事故の当事者となった患者・家族に対し、オープンで透明なコミュニケーションを実施します。事故の発生原因や経緯、今後の対策などを隠すことなく伝え、不安や疑問に対応します。その上で、医療的ケアと精神的なフォローなど必要な支援を提供することが大切です。
原因の分析と改善策の実施
事故の原因を徹底的に分析し、再発防止策を迅速に実施します。人的・システム的な要因、過誤の根本原因を明らかにし、それに対する適切な改善策を打ち出します。単に個人の責任追及にとどまらず、根本的な問題点を洗い出し、実効性のある再発防止策を立案・実行に移しましょう。
医療におけるリスクマネジメント実践方法:5つのプロセス
それでは実際に医療事故を減らすために医療現場ではどのようなリスクマネジメントをとるとよいのでしょうか。前項に挙げた原因の分析と改善策の実施について、さらに具体的に実践方法を紹介します。
大まかに以下の5つのプロセスから構成されます。
1.リスク分析
まずは医療現場のあらゆるプロセスにおいて、どのようなリスクが潜んでいるのかを特定し、評価する必要がある。過去のインシデント報告やヒヤリハット事例を分析するとともに、従業員のアンケートを取り、リスクの発生可能性と影響度を検討する
2.リスク対策の立案
特定したリスクに対して、それを低減あるいは回避するための具体的対策を立案する。マニュアルの整備、業務の標準化、安全対策設備の導入など、状況に応じた適切な対策をプランニングする
3.リスク対策の実施
立案した対策を着実に現場で実行に移す。新たなルールやマニュアルの運用、設備の導入、従業員への周知徹底と継続的なモニタリングなどをおこなう。トップからボトムまで全従業員が対策に取り組める体制を整えることが肝心
4.評価
一定期間経過後、リスク対策の実施効果を検証し評価をおこなう。インシデントやヒヤリハットの発生件数が減少しているか、対策が確実に実行されているかなどをモニタリングし、課題を洗い出す
5.改善
評価の結果を踏まえ、リスク対策に不備がある場合は迅速に改善する。PDCAサイクルを継続的に回し、常にリスク対策のブラッシュアップを図っていく
このように「特定→対策立案(PLAN)→実施(DO)→評価(CHECK)→改善(ACTION)」のPDCAサイクルを確実に実践することで、医療現場におけるリスクを徐々に低減でき、患者安全を確保することができます。特に、評価と改善のプロセスを着実に実践することが極めて重要です。
医療事故対策の具体的事例とリスク対策
ここまでを踏まえて、次に医療事故対策の具体的事例を挙げながら、それぞれに対する適切なリスク対策について説明していきます。
【事例1】術後患部の出血が止まらなかった
- リスク分析:手術手技のミス、止血が不十分などが原因として考えられる
- リスク対策の立案:手術手技の標準化、術中モニタリングの強化、術後観察手順の明確化
- リスク対策の実施:手術手技マニュアルの見直し、手術ビデオ検証の実施、術後観察記録の標準化
- 評価:出血イベントの発生率をモニタリング、定期的に対策の有効性を検証
- 改善:必要に応じて手順を改訂
【事例2】疑似薬間違いで過剰投与となった
- リスク分析:薬剤名や外観が類似している薬剤があり、取り違えのリスクが高い
- リスク対策の立案:類似薬品の分離保管、処方時の複数人によるダブルチェック
- リスク対策の実施:医薬品保管庫の薬剤レイアウトの見直し、電子カルテ処方時の警告機能強化
- 評価:疑似薬間違い報告件数を追跡する
- 改善:発生状況に応じて、対策方法を改善
【事例3】点滴ラインの接続ミスで別の輸液剤を投与
- リスク分析:複数のラインがあり、接続を誤ったリスクが高い
- リスク対策の立案:ラインの色分けと整理、接続時の確認手順の標準化、ダブルチェックの強化
- リスク対策の実施:点滴ラインの色分けと番号付け、接続前後の確認項目を明文化
- 評価:接続ミス事例を収集し、発生要因を具体的に分析
- 改善:発生要因などからも対策を見直し
このように何が原因でミスが発生したのかリスクを特定し、対策を立案・実施・評価・改善していくPDCAサイクルを確実に回していくことが重要です。特に評価と改善は欠かせません。
医療現場の安全性を高めるためには、現場の声を取り入れながら、地道な取り組みを継続的に実施することが不可欠になります。
災害発生時のリスクマネジメント対策も視野に入れる
また近年、日本では災害が頻発しています。そのため大規模災害発生時のリスクマネジメントも視野に入れる必要があります。
災害発生時の医療提供体制の維持は、地域のすべての医療機関にとって非常に重要な課題です。被災地域の医療機関では次のようなリスクマネジメントが必須になります。
災害発生直後は、人員、ライフライン、設備などさまざまな医療資源が制限される中で、限られた資源を有効活用し、最優先業務に集中できる体制づくりが肝心です。平時からリスク分析をし、災害発生時にすぐに人員を確保して、優先すべき診療行為をスムーズにおこなえるようにしておく必要があります。
トヨクモは、災害発生時は登録済みの従業員の連絡先に安否確認が自動一斉送信される「安否確認サービス2」というサービスを提供しています。
簡単操作の回答で年代に関係なく使いやすく、集計された回答結果は、医師や看護師などの所属、診療科などで分類できるため、災害時でも人員割り振りがスムーズにできます。実際に「安否確認サービス2」を導入した医療機関を挙げていきます。
社会福祉法人 恩賜財団済生会 福岡県済生会福岡総合病院の導入事例
▲出典:社会福祉法人 恩賜財団済生会 福岡県済生会福岡総合病院
福岡県済生会福岡総合病院は地域の災害拠点病院ですが、もともと緊急連絡の手段はメールのみで、安否確認の訓練の際の回答率は60%前後と低いのが問題点でした。また安否確認の連絡もすべて手動に頼っていたため、担当者の負担も大きいことも不安材料として考えられていました。
災害拠点病院は自院が被災しても被災者への医療提供が責務のため、被災時にも人員の確保を早急におこなう必要があります。
そこでランニングコストも低く、安否確認を迅速に完了できる「安否確認サービス2」を導入しました。
その結果、月に一度抜き打ちで行われる訓練での回答率は80%後半まで上昇し、直近の訓練では95%の回答率が実現したといいます。「安否確認サービス2」であれば、災害時も安否確認が自動送信されるため、担当者の手間も各段に減ったとのご報告をいただきました。
(参考:トヨクモ 安否確認サービス2 社会福祉法人 恩賜財団済生会 福岡県済生会福岡総合病院)
社会福祉法人 緑愛会の導入事例
▲出典:社会福祉法人 緑愛会
介護老人福祉施設やグループホームを運営している緑愛会は、「安否確認サービス2」を導入する前は、電話による連絡網を使っていました。しかし、災害時の電話回線の混乱、電話連絡で従業員の負担、個人情報の観点などが問題点として挙げられていました。
そこで「安否確認サービス2」の導入をしていただきました。選んだ決め手は、機能とコストバランスが良いためとの回答をいただきました。
「安否確認サービス2」は災害時でも連絡がとれるメッセージ機能がついており、安否確認だけでなく、平常時の業務連絡ツールとしても十分な機能を備えています。災害対策と業務効率化の両立を実現できた導入事例になります。
(参考:トヨクモ 安否確認サービス2 社会福祉法人 緑愛会)
社会医療法人令和会 熊本整形外科病院
熊本外科病院は2016年の熊本地震で、実際に被災を受けた病院です。この有事の際に、従業員の電話がつながらず安否確認を迅速に行うことができなかったそうです。
「安否確認サービス2」の導入により、地震が起きた際は自動で安否確認メールが送信されるため、電話連絡の手間や電話がつながるまでかけ続ける手間が無くなり、また災害時の担当者負担も軽減できたと喜びの声をいただいております。
現在では災害時だけでなく、従業員に対して感染症の情報や院内の体制変更などの連絡ツールとしても活用されているそうです。
(参考:トヨクモ 安否確認サービス2 社会医療法人令和会 熊本整形外科病院)
リスクマネジメント対策は患者・従業員の安全に重要
PDCAサイクルを継続的に回していくことで、リスクは徐々に低減できます。現場の声を丁寧に拾い上げ、評価と改善を繰り返すことが重要です。
さらに、大規模災害発生時のリスクマネジメントにも注力する必要があります。トヨクモの『安否確認サービス2』のようなICTを活用した災害対策や情報共有の仕組みを整備することで、有事の際の対応力が大幅に向上します。
リスクマネジメントの着実な取り組みは、患者だけでなく従業員の安全も守り、良質な医療サービスを提供し続けるための基盤となります。医療現場では今後もリスクマネジメントを最優先課題として位置づけ、患者と従業員の安全確保に努めていくことが求められます。