精神疾患が労働災害として認定された事例と企業における有効な対策

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遠藤 香大(えんどう こうだい)

厚生労働省の「過労死等の労災補償状況」によると、2023年の精神障害による労災請求件数・決定件数は前年度の1.3倍に拡大し、2020年以降毎年増加傾向にあります。

職場におけるメンタルヘルス不調による労働災害は深刻化の一途をたどっており、とくに中小企業では適切な対策の実施が課題となっています。労災申請が認められると、企業側に安全配慮義務違反があったとして損害賠償責任を負う場合があるので注意が必要です。

この記事では、精神疾患の労災認定基準や具体的な認定事例を解説するとともに、実施可能な予防対策を紹介します。企業の持続的な成長のひとつとして、労働災害のリスクを回避できるよう今回の記事を活用してください。

※この記事の情報は2024年11月時点のものです。

精神疾患が労働災害として認定される基準

経営者にとって、従業員のメンタルヘルス不調に関する労災認定基準を理解することは、労務管理において重要です。とくにパワハラや長時間労働によるうつ病等の精神疾患が労災と認定される基準を押さえておくと、適切な対応と予防策が立てやすくなります。

精神疾患が労働災害として認定されるには以下のように3つの要件があります。

  • 発症前6カ月以内に業務による強いストレスを受けたこと
  • うつ病や適応障害などの精神疾患として診断されること
  • 業務外のストレスや個人の要因で発症したといえないこと

それぞれについて解説します。

発症前6カ月以内に業務による強いストレスを受けたこと

労働災害の認定における「発症前6カ月以内に業務による強いストレスを受けたこと」とは、発症の約6ヶ月前から業務上で過度な心理的負荷がかかっていたかを評価する要件です。

具体的には「特別な出来事」と「具体的出来事」に分類されます。「特別な出来事」にはセクハラや極端な長時間労働(1ヶ月160時間超の残業など)が該当します。「具体的出来事」には特別な出来事がない場合でも、パワハラ、過度の責任負担、人間関係のトラブルなどの業務内容や職場環境における出来事が複数重なり、心理的負荷が「強い」と評価されることで労災認定が行われる可能性があるのです。

うつ病や適応障害などの精神疾患として診断されること

「うつ病や適応障害などの精神疾患として診断されること」ですが、労働災害認定基準で、うつ病や適応障害などの精神疾患と診断されるには、国際疾病病分類第5章「精神および行動の障害」に分類される疾患であることが求められます。

主に対象となるのは気分(感情)障害(うつ病や躁うつ病など)やストレス関連障害(急性ストレス反応、適応障害、恐怖症性不安障害など)です。アルコール依存や認知症など、特定の疾患は対象外となります。

これらの精神疾患が業務に起因して発症したと診断される場合、労災の対象となる可能性が高まり、発症前の業務による強い心理的負荷や業務外での原因がないことも確認されます。

業務外のストレスや個人の要因で発症したといえないこと

労働災害の認定基準として、精神疾患の発症原因が業務外のストレスや個人要因によるものでないことも求められます。

具体的には、家族の死亡や離婚といった家庭内の問題、病気や天災、犯罪被害など、業務と無関係な出来事が強いストレス源となった場合、過去に精神疾患の治療歴がある場合です。これらが認められると、労災として認定されないことが多いです。また、アルコール依存症や持病による精神的問題が原因とされるケースも同様となります。

こうした業務外の要因がないと確認された場合に限り、業務によるストレスが原因と判断され、労災認定が進められます。この基準により、業務起因か個人要因かの線引きが明確にされ、労災認定の公平性が保たれています。

なお、労働災害全般の基礎知識について詳しく知りたい方は、こちらの記事を参考にしてください。原因や特徴、防止策について分かりやすく解説されています。

精神疾患が労働災害認定された具体的事例

精神疾患が労働災害として認定されるかどうかは、業務の過重負担や人間関係のトラブルが精神的健康に与える影響が明確であることが条件のひとつです。以下に、長時間労働、パワーハラスメント、過重な業務による精神疾患の労災認定事例を紹介します。

長時間労働による適応障害の労働災害認定の事例

デジタル通信関連会社の設計技師Aさん(入社3年目)は、プロジェクトリーダーに昇格後、未経験分野の新商品開発を任されました。会社として初めての技術案件に直面し、設計作業は難航。会社からの支援体制がないまま、深夜2時までの勤務を強いられ、月間の残業時間は90~120時間に達しました。
プロジェクト開始から4ヶ月後、Aさんは過重な責任と長時間労働により、抑うつ気分や食欲低下などの症状が出現しました。心療内科を受診したところ、「適応障害」と診断が下されました。恒常的な長時間労働による強度の心理的負荷が認められ、精神障害の労働災害認定を受けました。

この事例では、労働基準監督署が長時間労働が適応障害の主な要因と判断し、労災認定に至っています。長時間労働による過度な疲労や睡眠不足が、心身に深刻な影響を与えたと判断されました。適切な労働時間管理と休息が不十分だった場合、企業が責任を問われるリスクが高くなります。

パワハラによるうつ病の労働災害認定事例

パワーハラスメントに起因するうつ病の労災認定事例も増えています。

総合衣料販売店で営業職として勤務していたBさんは異動と同時に係長に昇格し、新規顧客開拓を担当することになりました。新部署の上司は連日、「辞めてしまえ」「死ね」などの暴言を浴びせ、書類を投げつけるなどの暴力的行為を繰り返しました。
昇格から3ヶ月後、抑うつ気分や睡眠障害などの症状が出現し、精神科での診察で「うつ病」と診断されました。上司による暴言・暴力という著しい精神的ストレス要因が認められ、労働災害の認定を受けました。

この事例に出てきた行為は、業務上の指導の範囲を明らかに逸脱する悪質なパワハラに該当します。暴言や暴力を伴う行為が、業務上の指導の範囲を超えた違法行為として評価されています。

過重労働による反応性うつ病と突発的自殺行為の労働災害の認定事例

Cさんは設計技術者として勤務しており、大都市ターミナル駅の地下設計業務で技術責任者を務めていました。しかし、特殊な技術要求や頻繁な設計変更による納期の厳しさに加え、社内のサポート体制も不十分で、業務上の負担は過大でした。
この影響で不眠や神経症、うつ病、心因反応が生じ、Cさんは入院・通院治療を受けることになりましたが、後にZ駅ホームからの投身事故で両下肢を切断する重傷を負いました。この事故は一般的な自殺ではなく、反応性うつ病の症状である強い自殺念慮が発作的に現れた結果として認められ、労働災害として認定されました。

上記事例は、業務過重が引き起こす精神的負担が突発的な危険行動に繋がり得ることを示しており、反応性うつ病とその結果生じた事故の因果関係が労災認定された重要な事例です。

労働災害認定されなかった事例の特徴と要因

精神疾患の労災認定率は2〜3割程度です。「業務によって精神障害を負った」ことの判断は簡単ではなく、労働災害認定が見送られるケースにはいくつかの共通する特徴や要因が存在します。

まず、過重労働やパワーハラスメントなど業務と精神的症状との因果関係が明確に示されない場合、認定が難しくなることがあります。例えば、仕事の量が一定水準を超えていない、または上司からの指導が一般的な範囲に収まる場合、業務外の要因が症状の主な原因と判断されることがあります。

また、診断の経緯や治療の内容に一貫性がない、もしくは症状が一時的で軽度である場合も、業務起因性が低いとみなされ、労災と認定されにくいのが現状です。

さらに、業務に起因する強いストレスが短期間で改善された場合も、症状が業務に直接関連していないと評価されることがあります。このような事例では、精神的な健康状態が業務外の環境や個人要因に影響されたとされるため、労働災害として認められにくいのが現状です。

また精神疾患だけでなく、ほかの事例にも興味のある方はこちらの記事も参考にしてください。発生状況も含め、13の事例について詳しく解説しています。

労働災害認定を回避するために企業が実施すべき予防対策

労働災害認定を回避するためには、企業が職場環境を整備し、従業員のメンタルヘルスを保護するための具体的な対策を講じることが重要です。以下に、主な予防対策をまとめます。

労働時間管理と業務負荷の適正化

以下のように過剰な労働時間は精神疾患も含め、従業員の健康リスクを高めます。

▲出典:過重労働による健康障害を防ぐために 厚生労働省

労働時間の適切な管理は、従業員の健康を守る基本です。企業は、月間の残業時間を法定基準に遵守することに加え、実際の労働時間を定期的にモニタリングし、異常な時間外労働が発生しないよう注意を払うようにしましょう。

また、業務の負荷を均等に配分するため、タスク管理や業務の優先順位を明確にすることで、従業員が過剰なストレスを感じることを防ぎます。定期的な業務レビューを実施し、業務内容や負荷の見直しを行うことで、労働環境を改善することが可能です。

職場のコミュニケーション改善策

職場での良好なコミュニケーションは、職場のメンタルヘルスを向上させるために欠かせません。企業は、上司と部下の間でオープンな対話を促進する仕組みを整える必要があります。具体的には、定期的に1対1の面談を実施し、部下が自由に意見や悩みを話せる環境を整えることが重要です。

また、上司にはメンタルヘルスに関する研修を受けてもらい、部下の異変に気づく能力を身につけることが求められます。上司は、職場のストレス要因を把握し、労働時間や仕事の質、人間関係の改善に取り組むことが大切です。問題が解決しない場合は、社内外の専門機関に相談できる仕組みを整えることも視野に入れましょう。

さらに、メンタルヘルスに不調を抱える部下の職場復帰を支援し、働きやすい雰囲気を作ることで、企業の業績向上につながります。コミュニケーション改善への取り組みが職場の活性化に寄与します。

ハラスメント防止体制の整備

職場内のハラスメントは、メンタルヘルスに悪影響を及ぼす大きな要因です。企業は、ハラスメント防止のための方針を明文化し、従業員に対する研修を定期的に実施する必要があります。

具体的には、ハラスメントの定義や種類、事例を周知し、どのように報告し対処するかを明確にすることで、従業員が安心して働ける環境を整えます。

また、ハラスメントが発生した際には迅速かつ適切に対応するための線溶窓口を設置し、信頼できる相談機関との連携を図ることも重要です。

効果的なメンタルヘルス研修の実施方法

メンタルヘルス研修は、従業員自身の健康管理だけでなく、職場全体の意識向上にもつながります。企業は、専門家による研修を定期的に実施し、ストレス管理やリラクセーション技法、感情の自己管理方法などを学ぶ機会を提供すべきです。

さらに、メンタルヘルスに関する情報を適宜、社内ニュースレターやウェブサイト、社内メールで積極的に発信することで、従業員がメンタルヘルスを意識するきっかけも作ります。研修の効果を測定し、従業員からのフィードバックを基に内容を改善していくことも、効果的な実施方法の一環です。

なお、労災保険に加入を検討されている方は、こちらの記事も参考にしてください。労災保険の種類や手続き、給付について分かりやすく解説しています。

持続可能なメンタルヘルス対策が必要

持続可能なメンタルヘルス対策は、職場環境や従業員の健康を守るために不可欠です。ストレス管理やメンタルヘルスへの意識を高めるためには、定期的な教育や研修の実施が重要になります。また、メンタルヘルスに関する相談窓口の設置や、従業員同士、部署同士のコミュニケーションを促進する取り組みも必要です。

そこでメンタルヘルス対策の一環として、トヨクモが提供する『安否確認サービス2の活用をおすすめします。このサービスは災害時の安否確認に利用できるだけでなく、すべてのプランで「掲示板/メッセージ機能」もついているため従業員との連絡手段を増やすことができます。会社は非常時だけでなく、通常時も従業員を守る義務があります。

安否確認サービス2』は従業員は会社との距離を縮められるツールです。企業側は従業員へ精神状態を含む健康促進への取り組みをアピールでき、日常的な従業員へのメンタルサポート強化にもつながるでしょう。

これらの実直な取り組みにより、精神疾患の早期の問題発見と適切な支援が可能になり、従業員が健康的に働き続けるための基盤が築かれます。持続可能な取り組みを進めることで、企業全体の生産性向上にも寄与していくでしょう。

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