労働災害で後遺障害が起きた際の対応とリスクを最小化する方法
遠藤 香大(えんどう こうだい)
労働災害と後遺障害は、特に建設業、運輸業、製造業において経営者が避けて通れないリスクになります。特に近年は、人手不足の影響で経験の浅い従業員の割合が増加し、労災発生の可能性が高まっています。
従業員が安全に働ける環境を整えつつ、万が一の災害に備えるためには、後遺障害に関する補償や対応の知識が不可欠です。
この記事では、労災保険の仕組みから具体的な補償基準や企業としての対応、事故予防のための対策まで、企業として押さえておくべき実務知識を解説します。従業員の安全確保と会社経営の安定の両立に向けた具体的な対策の策定に活かしてください。
目次
後遺障害を伴う労働災害の基礎知識
労働災害とは、労働者が業務に起因して負傷、疾病、障害、死亡に至った事案を意味します。建設業・運輸業・製造業では特に、墜落・転落、重機との接触、建設資材の落下などによる事故が多く、重篤な後遺障害につながるケースが少なくありません。
また後遺障害とは、業務上の事故や疾病が治癒した後も残存する障害のことで、身体機能の一部または全部が永久に失われた状態をいいます。
ここでは、後遺障害を伴う労働災害についての基礎知識を解説していきます(労働災害の基礎知識についてはこちらの記事を参考にしてください)。
後遺障害の等級と具体例
後遺障害は第1級から第14級まで分類され、障害の程度に応じて補償額が決定されます。
現場の作業をする従業員がいる場合、特に注意が必要なのは、高所作業での墜落による脊髄損傷(第1~3級)、建設機械との接触による手足の切断(第5~7級)、資材の落下による視覚・聴覚障害(第2~10級)などです。これらの事故は、一度発生すると重度の後遺障害につながる可能性が高くなります。
発生頻度の高い事故のパターンと予防のポイント
令和5年度版「労働災害の現況と死亡災害事例」(厚生労働省)によると、発生頻度の高い事故として、「墜落・転落」や「交通事故」が挙げられます。建設業では「墜落・転落」による死亡者が7人で全体の41.2%を占め、製造業では「はさまれ・巻き込まれ」による事故も多く見られます。
これらの事故は、職場環境や作業方法に起因することが多いため、予防策が重要です。具体的な予防ポイントとしては、高所作業時の安全帯の着用、適切な足場の設置、作業手順の明確化、定期的な安全教育の実施などが挙げられます。運輸業での交通事故については、運転者の教育や、車両点検、適切な運行管理が効果的です。
後遺障害が企業経営に与える影響
後遺障害を伴う労働災害が発生した場合、以下のように企業には大きな経済的・社会的影響が及びます。
デメリット | 具体例 |
---|---|
経済的ダメージ | ・労災保険給付の増加による保険料率の上昇 ・民事上の損害賠償 ・行政による是正勧告 ・業務停止命令 |
企業イメージのダウン | ・取引中止 ・消費者イメージの低下 |
時間的ダメージ | ・労働基準監督署の立ち合いや報告 ・訴訟 |
人材損失 | ・新規採用困難 ・従業員の士気低下 |
上記のような影響を考え、事故予防と適切な補償体制の整備が経営上の重要課題となります。
労働災害が発生した際の初期対応と届出の重要性
労働災害が発生した際は、次のフローを確認してください。
▲出典: 5. 事故が起きてしまったら 厚生労働省 労働基準情報 安全・衛生
速やかな救急措置と医療機関への搬送が最優先となります。同時に、警察署・労働基準監督署への連絡を行い、現場検証の立会い・事情聴取への対応をします(重篤な場合)。
その後、休業4日以上の場合であれば、すぐに労働基準監督署に届出(労働者死傷病報告)を提出する必要があります。これらの初期対応と適切な届出は、後の補償交渉や行政対応をスムーズにする重要な要素となります。
労働災害を隠してしまうと犯罪にあたる
労働災害が発生すると、企業はさまざまなリスクを抱えることになります。このため、「労災隠し」という行為が行われることがあります。これは、労働者死傷病報告書を故意に提出しなかったり、虚偽の内容で報告することを指し、犯罪です。
労働安全衛生法により最大50万円の罰金が科せられる可能性があるので注意が必要です。
労災隠しを行うと、従業員のモチベーションが低下し、退職を促す要因になる場合も出てきます。また、労災隠しが公表された場合、新たな人材の確保が難しくなり、企業の信用を大きく損なうリスクなども生じます。
結果的に、労災隠しは短期的なリスク回避にはなりえるかもしれませんが、長期的にみて企業にとって多大な損失をもたらすことになります。正直に対処し、適切な手続きを踏むことが重要です。
労災隠しについての罰則やリスクをより詳しく知りたい方はこちらの記事を参考にしてください。
後遺障害が残った場合の法定補償制度
労災保険による後遺障害補償は、業務上の事故や病気で労働者が後遺障害を負った場合に行われ、医療費や休業補償、障害補償などが含まれます。この費用は、原則企業が負担する保険料によってまかなわれています。
具体的な補償額は障害等級(1級~14級)に基づき、重度の障害ほど高額の補償が支給されます。等級は医療機関の診断結果に基づき決定され、1級~7級は年金形式で、8級~14級は一時金として給付されます。さらに詳しくみていきましょう。
休業補償から障害補償への移行プロセス
以下の図のように、休業補償は、従業員が業務上の事故によって働けなくなった場合に支給されます(給与の8割相当)。その後、従業員が後遺障害を負い、医師により症状が固定したと診断された時点で、障害の程度を評価し、後遺障害の等級認定が行われます。この移行期には適切な書類作成と申請が必要となり、企業は従業員のサポートが必要です。
▲出典:障害(補償)給付【治った後も障害が残ったとき】 一般社団法人宮城県建設職組合連合会
障害等級別の具体的な補償内容
障害等級は、事故によって残った後遺障害の程度によって決まります。等級が高いほど、補償額も高額になります。具体的な補償額は、一例を挙げると次のとおりです。
- 第1級:年金として平均賃金の313日分(年額)
- 第2級:年金として平均賃金の277日分(年額)
- 第3級:年金として平均賃金の245日分(年額)
- 第8級:一時金として平均賃金の503日分
- 第14級:一時金として平均賃金の56日分
障害補償金は従業員の給与や平均賃金を基準に算定されています。
法定補償制度申請の際に企業がおこなうべきサポート
従業員が後遺障害を負った場合、労災保険の請求手続きは、被災従業員本人が行うことになります。その際、企業は労働者がスムーズに保険金を申請できるよう、以下のようなサポートすることができます。
診断書の取得 | 医療機関からの診断書を迅速に取得し、後遺障害の程度を明確にする |
必要書類の整備と案内 | 労災保険の申請に必要な書類(従業員の身分証明書、事故の報告書など)を整備し、労働者に案内する |
申請手続きの支援 | 申請手続きの流れを従業員に説明し、労働基準監督署への申請書類確認や、年金受給中の現況届などの手続きなど必要に応じてサポートを提供する |
企業にとって、従業員の労災保険申請支援は短期的には負担に感じられるかもしれませんが、労災保険申請における企業の包括的サポートは、訴訟リスクの低減や従業員との信頼関係強化につながります。また、社会的評価の向上や採用活動での優位性確保、長期的な経費削減にも効果があります。
従業員の早期職場復帰と生産性維持、安全文化の醸成による事故防止など、企業の持続的な成長に寄与する重要な取り組みといえます。
労働災害のリスクを最小化するための6つの事前対策
労働災害によって後遺障害が残る事態は、従業員の生活や健康に大きな影響を与えるだけでなく、企業にとっても経済的・社会的な損失となります。そのため、企業は以下の事前対策を講じることが重要です。
- 使用者賠償責任保険の活用
- 労災上積み補償制度の導入
- 安全管理体制の構築と文書化
- 作業環境の整備・改善
- リスクアセスメントの実施
- 従業員教育と訓練プログラムの実践
上記の事前対策を適切に実施することで、労働災害のリスクを効果的に軽減し、従業員が安心して働ける職場環境を提供することができます。具体的な選び方や導入のポイントをそれぞれ解説していきます。
使用者賠償責任保険の活用
使用者賠償責任保険は、労働者が業務中に被った損害について企業が賠償責任を負う場合に備える保険です。
使用者賠償責任保険に加入しておけば、労災保険の給付額を超える不足分や慰謝料、訴訟費用をカバーでき、負担軽減が図れます。実例として、1億円の賠償金に対して労災給付が1,500万円の場合、不足の8,500万円を使用者賠償責任保険で補填可能です。
保険未加入では高額な賠償が会社経営を圧迫するリスクがあり、備えとして加入が推奨されます。
使用者賠償責任保険の適切な選び方
使用者賠償責任保険を選ぶ際は、企業のリスクに合った適切な補償範囲と保険料を確認することが重要です。
まず、補償範囲を確認し、従業員数や業務内容に適した補償額を設定します。特に業種によっては、受託条件としてこの保険への加入が義務付けられる場合があるため、業務内容を踏まえた適切な選択が求められます。
次に、保険料は業種や従業員数により異なるため、定期的に見直しを行うことも大切です。企業の成長や業務内容の変更に応じて、必要な補償内容が変化するため、契約更新の際には再評価を行い、コストとリスクを考慮した最適なプランを選びましょう。
労災上積み補償制度の導入と選び方のポイント
労災上積み補償制度も上記の使用者賠償責任保険と同様に、労働災害が発生した際に企業が従業員に対する補償を手厚くするための手段です。ただし、以下のように目的と内容が異なります。
使用者賠償責任保険 | 労災上積み補償制度 | |
---|---|---|
目的 | 企業が労災事故によって従業員から損害賠償請求を受けた際、労災保険で賄えない不足分や訴訟費用、慰謝料などをカバーする保険 | 法定の労災保険に追加して企業が独自に設定する補償制度であり、労災保険の上限を超える部分を補填 |
内容 | 企業が法律上の責任を果たすための補償手段で、企業の負担軽減のため | 従業員の生活保障をさらに手厚くするため(通常、企業が任意で設ける福利厚生の一環として導入) |
つまり、使用者賠償責任保険は企業の賠償責任をカバーし、労災上積み補償制度は従業員の生活保障を厚くする目的で提供される制度です。
労災上積み補償制度は、万が一の事故発生時に、被災従業員との関係悪化を防ぐだけでなく、スムーズな職場復帰を支援する効果もあり、経営リスクを最小限に抑えるための重要な対策といえます。
労災上積み補償制度導入による企業側のメリット
後遺障害の残る労働災害の法定労災保険の給付水準では、被災従業員とその家族の生活を十分に支えられない場合があります。その場合、企業は道義的責任を問われ、追加の補償を求められる可能性が高いです。
労災上積み補償制度も導入しておけば、突発的な支出を抑制し、計画的な経営が可能となります。また、充実した補償体制は、優秀な人材の確保・定着にもつながり、人手不足対策としても有効です。
労災上積み補償制度を選ぶ時のポイント
各業界に応じて、後遺障害等級に応じた十分な補償額が設定されているのかを確認しましょう。例えば、建設業の場合、墜落・転落など重度の後遺障害につながる事故リスクが高いです。特に第1級から第3級の重度障害に対する補償は、被災従業員とその家族の生活を支えるために十分な水準を確保するよう配慮するとよいでしょう。
また、業界特有の作業形態(高所作業、重機使用など)に対応した補償内容であることも確認が必要です。保険料は経営コストの一部として捉え、補償内容とのバランスを考慮して選択sましょう。
労災保険制度の種類や手続き、給付についてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考にしてください。
安全管理体制の構築と文書化
安全管理体制は、職場の安全を確保するための基盤です。従業員が安心して働ける環境を整えることで、生産性の向上や従業員の定着率を改善する効果があります。
安全管理体制の重要性
企業は、従業員が安全で快適な労働環境を確保するために、労働安全衛生法に基づいて労働災害を防止するための明確な安全衛生管理体制の構築を義務付けられています。
この管理体制には、総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者などの適切なスタッフを選任し、それぞれの権限や責任を明確化することが求められています。また、労働者数や業種に応じて、安全委員会や衛生委員会の設置も義務付けられており、労使が協力して事業場の安全衛生水準を向上させる体制が必要です。
安全管理体制の文書化の利点とその役立て方
また安全管理体制を文書化しておくことで、ルールや手順が明確になり、従業員全員が同じ基準で業務を遂行できるようになります。具体的には、マニュアルやポリシーを作成し、これらを共有することが求められます。文書化された内容は、事故発生時の対応や改善点を検討する際にも役立ちます。
安全管理体制は一度構築したら終わりではなく、定期的なレビューと改善を行いましょう。労働災害の発生状況や新たなリスクを分析し、必要に応じて安全対策を見直すことで、常に最適な状態を維持することができます。
作業環境の整備・改善
労働災害を防ぐためには、作業環境の整備・改善が不可欠です。まず、作業エリアの物理的な安全性を確保することが重要になります。これには、機器の配置、動線の最適化、照明の確保、通路の障害物除去などが含まれます。
作業スペースが狭い場合や整理整頓がされていない環境では、転倒や衝突のリスクが高まるため、十分なスペースを確保し、定期的に清掃を行うことが必要です。
また、作業に使用する機器や工具の点検とメンテナンスも重要です。劣化した機器や不具合のある工具を使用すると、事故を引き起こす可能性が高くなります。そのため、定期的な点検スケジュールを策定し、使用前のチェックを徹底しましょう。
作業環境の整備・改善は、従業員の安全意識を高めるだけでなく、労働生産性の向上にも寄与します。それぞれの業種に応じて作業環境は異なるため、原因や対策については以下のサイトを参考にしてください。
(参考:労働災害事例 厚生労働省)
安全で快適な職場環境を維持することで、労働災害のリスクを大幅に低減し、従業員の健康と企業の持続的成長を支えることができます。
リスクアセスメントの実施
リスクアセスメントは、労働災害を未然に防ぐための重要な手法であり、職場における危険要因を特定し、評価するプロセスです。この実施は、企業が安全な作業環境を提供するために不可欠となります。
事業者にはリスクアセスメントの実施責任があり、従業員にはリスクを指摘し対策を守る義務があります。この活動は、経営層のリーダーシップのもとで計画的に行われるべきで、個々の経験に依存せずに組織的かつ継続的に安全衛生管理を進めることが可能です。
具体的なリスクアセスメントの進め方は以下の表を参考にしてください。
▲出典:リスクアセスメント実施事例集 p.6 一般社団法人 日本労働安全衛生コンサルタント会 (厚生労働省委託事業)
リスクアセスメントを有効に実施することで、職場のリスクが明確化され、全体での認識共有が促進されます。これにより安全対策の優先順位が合理的に設定され、残されたリスクに対しても明確な「守るべき決め事」が生まれます。
また、職場全員が参加することで「危険」への感受性が高まり、災害発生率の低下が期待できます。実際、厚生労働省の調査でも、リスクアセスメントを導入している事業場は、災害発生率が低いことが示されています。
従業員教育と効果的な訓練プログラムの実践
企業は、雇い入れ時や作業内容変更時に従業員に対し、安全衛生教育を実施する必要があります。この教育では、機械や原材料の危険性、安全装置の取り扱い、作業手順、点検方法など、業務に関連する様々な内容が含まれます。また、特に危険な業務に従事する際は、特別教育を受ける義務があるのです。
教育は自社内でも実施可能ですが、専門知識が必要な場合は外部の講習を活用することが推奨されます。外部講師は教育の専門家であり、質の高い講習を提供することで、労働者の安全意識を高めることができるためです。
従業員教育を積極的に実践し、活用することで、労働災害のリスクを低減し、安全な作業環境を確保の実現が可能となります。
企業が積極的に従業員を守る姿勢を見せる
企業は従業員の安全と健康を最優先に考え、積極的に守る姿勢を示すことが重要です。記事内で伝えた取り組みは、従業員との信頼関係を構築し、モチベーションを向上させる要因となります。
企業が積極的に従業員を危険から守る姿勢を持つことで、従業員は安心して業務に従事でき、生産性の向上にも寄与し、結果として企業全体の成長と発展につながります。
なお、企業は労働災害だけでなく自然災害が発生した際も、従業員を守る義務があります。そのため、安否確認システムの導入を検討されてはいかがでしょうか。このシステムは、緊急時に自動で従業員に安否確認メッセージを送信し、一人ひとりへの手動連絡を省略できる利便性を兼ね備えています。
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