【専門家監修】BCP策定が介護施設/事業所で義務化|策定ポイントや罰則を確認しよう
福岡 幸二(ふくおか こうじ)
2021年の介護報酬改定で、すべての介護サービス事業者はBCP(事業継続計画)の策定が義務化されました。さらに2024年の改訂では、未策定の事業者には基本報酬を減算すると定められています。
この記事では、BCP&BCMコンサルティングの代表であり、沖縄科学技術大学院大学や九州大学などでBCM(事業継続マネジメント)の策定や研修、リスク管理に携わってきた福岡 幸二氏が、義務化の概要や罰則、BCPの策定プロセスなどについて解説します。自然災害や感染症などの緊急事態の際でも事業を継続できるよう、ポイントを確認しておきましょう。
目次
2024年からすべての介護サービス事業者でのBCP策定が義務化される
2021年4月に施行された介護報酬改定により、全ての介護サービス事業者では2024年4月までにBCPを策定する義務が生じました。
ここからは、介護サービス事業者にBCPが必要な理由と策定が間に合わなかった場合の罰則の有無について紹介します。
介護サービス事業者にBCPが必要な理由
介護サービス事業者や医療機関はその性質上、自然災害や感染症のような緊急事態の際でも事業の継続が求められます。介護サービス事業者が事業を継続できなければ、利用者やその家族の生活に大きな影響を与えるだけでなく、利用者の命をも左右するためです。
厚生労働省が示す「令和3年度介護報酬改定における改定事項について」では、すべての介護サービス事業者が、有事の際にも事業を継続して提供できる体制を築くよう義務付けています。具体的には、BCP(事業継続計画)の策定、研修や訓練の実施などが義務化されました。
感染症や災害が発生した場合であっても、必要な介護サービスが継続的に提供できる体制を構築する観点から、全ての介護サービス事業者を対象に、業務継続に向けた計画等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等を義務づける。その際、3年間の経過措置期間を設けることとする。
(引用:令和3年度介護報酬改定における改定事項について)
介護サービス事業者におけるBCP策定の義務化は、2021年4月施行の介護報酬改定で明示されていますが、3年間の経過措置期間が設けられているため、策定期限は2024年4月です。
bcp対策を行わないリスク:基本報酬の減算
2024年4月施行の介護報酬改定により、BCP未策定の事業者には基本報酬の減算が適用されることになりました。
感染症や災害の発生時に継続的にサービス提供できる体制を構築するため、業務継続計画が未策定の際は、基本報酬を減算する。<経過措置1年間>
(引用:令和6年度介護報酬改定の主な事項について)
未策定の場合、以下の通り基本報酬の減算が適用されます。
- 介護施設・居住系サービス:3%
- そのほかの介護サービス:1%
経過措置として、2025年3月31日までの1年間は、感染症の予防・まん延防止の指針や非常災害対策計画を策定していれば減算は適用されません。しかし、この期間内にBCPを策定しない場合、2025年4月1日以降は、策定が完了するまで基本報酬の減算が継続されます。
また、とくに介護施設でBCPを策定していない場合では、災害や感染症の発生時に適切な対応ができず、利用者や職員に被害が生じた場合、施設の過失が問われ、損害賠償請求を受ける可能性があります。
そもそもBCPとは
BCPとは「Business Continuity Plan」を略した言葉で、日本語では「事業継続計画」や「業務継続計画」と訳されています。
自然災害、感染症の蔓延など不測の事態が起こったとしても、介護サービス事業者は重要な業務を継続し、利用者が必要とするサービスを提供しなければなりません。緊急時においても継続してサービスを提供する、もしくは一時中断したとしても可能な限り早く事業を再開するために、BCPの策定が重要です。
介護サービス事業者が想定すべきBCP対策の内容
BCPは不測の事態においても事業を継続できるよう策定しますが、想定される状況はさまざまです。
基本報酬減算が適用されるのは、「感染症若しくは災害のいずれか又は両方の業務継続計画が策定されていない場合」です。
厚生労働省はBCPのひな形を提供しています。BCPにはどのような要素が必要とされているのか、紹介します。
自然災害
厚生労働省の業務継続ガイドライン 自然災害ひな形に記載されている内容を一部紹介します。
事業所・自治体の被害想定に加え、平常時の対応、緊急時に利用者・職員をどのように安否確認するかなど、記入すべき内容は多岐にわたります。
総論 | ・基本方針 ・被害想定 ・優先順位の選定 など |
平常時の対応 | ・設備の安全対策 ・インフラ(電気・ガスなど)が止まった場合の対策 ・衛生面(トイレなど)の対策 など |
緊急時の対応 | ・BCPの発動基準(震度・警報発令) ・対応体制 ・利用者 ・職員の安否確認 ・避難方法 ・復旧対応 など |
他施設との連携 | ・連携協定書 ・共同訓練の概要 など |
地域との連携 | ・避難所の指定を受けているか など |
感染症の蔓延
インフルエンザや新型コロナウイルスなどの感染症の蔓延も、介護サービス事業者が備えておくべき事態です。
ここでは、厚生労働省の業務継続ガイドライン 感染症ひな形に記載されている内容を一部紹介します。
保健所との連携から日々の利用者・職員の安否確認まで、こちらも多岐に渡る内容を記入しておく必要があります。
総論 | ・基本方針 など |
平常時の対応 | ・感染防止に向けた取り組み など |
初動対応 | ・第一報 ・感染疑い者への対応 ・消毒、清掃の実施 など |
感染拡大防止体制の確立 | ・保健所との連携 ・接触者への対応 ・職員の確保 ・情報発信 など |
7ステップで解説!介護サービス事業者のBCP策定プロセス
1.ハザード特定
BCP(事業継続計画)を策定・運用する際、最初のステップは「どのような危機的事象に対応するBCPを策定するかを決定すること」です。考えられる事象をリスク分析し、その中で最も影響が大きいものを選びます。リスク分析のプロセスは複雑で専門的なため、ここでは割愛します。
ここでは、こうしたプロセスの結果、一般的に介護事業者が対応すべきとされるリスクを以下に紹介します。
- 地震・津波
例えば南海トラフ地震による震度や津波の高さが大きい地域では、このリスクが特に高いため、対応するBCPの策定が不可欠です。南海トラフとは異なり、令和6年の能登半島地震は活断層によるものでした。 さらに、首都直下地震のような活断層による地震で影響を受ける地域でも、地震対応のBCPが必要です。活断層は内陸部だけでなく海底にも存在し、未発見のものも多くあると考えられています。 - 洪水:
過去に河川の氾濫が発生した地域や、ハザードマップで洪水浸水想定区域に指定されている地域では、洪水リスクが高いとされています。これに対応するBCPが必要です。 - 感染症:
感染症は日本全国に広がる可能性があるため、すべての介護事業者が感染症対応のBCPを策定することが求められます。
これらのリスクを踏まえ、多くの介護事業者は地震・津波、洪水、感染症に対応するBCPを最低限策定・運用する必要があります。なお、地震や津波に関するBCPには、大規模停電への対策も含まれています。
2.リスク対応
BCP(事業継続計画)の策定において、危機的事象が特定された後に最も重要なプロセスは、リスク分析、リスク評価、そしてリスク対応です。この一連のプロセスは、ビジネス影響分析(BIA)とも呼ばれます。
まず、危機的事象が建物・設備、重要物、人、資金、ITシステムなどにどのような影響を及ぼすかをリスク分析します。この分析によって、リスクを低減するための手法が明確になり、それをリスク対応としてBCPに記載します。このプロセスにより、危機的事象が自施設に与える影響を網羅的に把握し、必要な対策が可視化されます。
例えば、津波の影響を受ける施設では以下のような対策を策定します:
- 地震発生後、入所者や利用者を安全な場所に退避させる場所と手順
- 自施設に戻り、物的被害の調査と分析を行う時期と手順
- 被害を受けた施設の補修や、代替施設で事業を継続する可否の判断
- 各ケースでの資金を含めたリソースの活用方法と事業復旧の手順
これらの対策は災害復旧工程表やBCP本文に具体的に記載します。重要なのは、現在の自施設で実行可能な対策を記載することです。ハザード特定やリスク分析を行わず、実現不可能な内容を記載した場合、BCPは実際の危機対応で役に立たなくなります。BCPは、危機的事象発生時に実際に対応できる内容でなければ意味を成しません。
3.優先業務の明確化
緊急時にも欠かせない業務を明確にすることは、リソースを効率的に配分し、混乱を最小限に抑えるために重要です。まず、利用者の安全確保、食事の提供、医療対応など、どのような状況でも継続が必要な業務をリストアップし、それらに優先順位を設定します。この指針により、限られた人員や物資を有効活用できるようになります。
優先業務の明確化の際には、非常時優先業務表の作成を推奨します。
介護施設を含む組織では、危機的事象発生時に従業員自身が被災者となり得るため、出勤可能な従業員数が大きく制限される場合があります。この表は、以下のように事象対応の特性に応じてフェーズごとに分割することで、業務の割り当てを可視化します。
- 地震や津波のケース: 発災当日、翌日から3日、4日から7日といったフェーズに分け、それぞれの期間で出勤可能な従業員の配置を計画します。
- 感染症のケース: 自施設や法人内の職員に加え、不足する場合には自治体や関連団体からの応援も視野に入れ、非常時優先業務表を作成します。
これにより、緊急時の業務遂行に必要な対応を計画的に準備できます。
4.リスク分析で明らかになったリソースの補充・整備
リスク分析によって明確になったリソースの不足や不備は、経営トップのリーダーシップのもと、計画的に予算を配分し是正します。
具体的には以下の整備を行います。
- 避難経路の図示: 職員が迅速に避難できるように避難経路を明示します。
- 非常用物資の備蓄: 必要な物資の数量や場所をデータ化し、緊急時の混乱を防ぎます。
- 感染症予防の手順の明確化: 手順を職員全体で共有し、感染拡大を防止します。
また、これらの対応策を実行するための人員、設備、物資を事前に確保する計画も重要です。特に人員の確保は非常に重要で、緊急時には速やかに職員の安否を確認し、必要に応じて参集を促します。この際、職員数が多い場合は手作業による安否確認ではなく、安否確認システムを活用することも検討すべきです。これにより、非常時優先業務や中核事業の復旧プロセスを効率的に進めることができます。
5. 情報共有と連携体制の構築
いざという時に職員全員が正確な情報を共有し、適切な連携が取れるよう、内部の連絡体制を可視化して整備します。また、医療機関や他の介護施設、行政機関とあらかじめ連携体制を構築し、外部からの支援が必要な状況でも迅速に協力を得られるよう災害時協力協定などを締結します。こうした体制があることで、緊急時に孤立せずスムーズに対応できるようになります。
6. 訓練と教育の実施
策定したBCPが実際に機能するためには、定期的な訓練と教育が必要です。訓練を通じて、職員がBCPの内容を理解し、対応力を高めることが重要です。BCPには、ライフラインが破壊され、交通網に障害が生じた状況でも事業を復旧させるための具体的なプロセスが記載されています。
訓練・教育では、以下の点を重点的に確認します。
- 対策本部や各班要員の参集手順: 電話やメール、交通機関が利用できない場合にどのように参集し、復旧工程を進めるか
- 新入職員や経験が浅い職員への教育: 丁寧な指導を通じて、BCPの内容や緊急時の対応手順を理解させる
これらの訓練と教育を通じて、組織全体で緊急時の対応力を強化することが不可欠です。
7.定期的な見直しと更新
BCP(事業継続計画)は一度策定したら終わりではありません。リソースの不備や欠陥が是正された場合や、訓練で計画どおりに実施したものの目的を達成できなかった場合など、必要に応じて内容を修正する必要があります。
BCPの有効性を保つためには、以下の点に基づいて定期的に見直しと更新を行います。
- 訓練結果の反映: 訓練を通じて明らかになった課題や改善点をBCPに反映します。
- 実際の緊急事態での対応状況: 緊急時の経験を振り返り、計画に不足がないか確認し修正します。
- 法令の改正への対応: 法律や規制の変更をBCPに適用します。
更新内容はBCP改訂記録表に年月日と改訂内容を記入し、管理することを推奨します。この記録表をBCPの表紙と目次の間に設けることで、改訂履歴が一目で確認できるため便利です。
介護施設のBCP策定に重要なこと
安否確認体制の構築
介護施設において、人員の確保はBCP策定・運用の中でも特に重要なポイントです。先述のとおり、危機的事象発生時には従業員自身が被災者となる可能性があり、通常通りの勤務が難しくなる場合があります。
緊急時には、まず速やかに職員の安否を確認し、必要に応じて参集を促すことが求められます。この際、職員数が多い場合や混乱が予想される状況では、手作業での安否確認ではなく、安否確認システムの活用が効果的です。
中でも「安否確認サービス2」は、気象庁の情報と連動し、災害発生時に自動で安否確認通知を送信する機能を備えています。さらに、回答の自動集計機能により、管理者の負担を大幅に軽減できます。
また、安否確認サービス2は、被害状況の把握や職員への指示を迅速に行うための連絡機能も搭載しており、BCPを実行に移す際に非常に有用です。
多くの医療・福祉業界の企業や団体で導入されている実績もありますので、気になる方は以下のリンクからチェックしてみてください。
専門家の支援を活用する
BCP策定が初めてで、設備がごく小規模な介護事業者の場合、埋めていくだけで完成するBCPマニュアルを利用するのも効果的です。
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一方で、リスク分析などの複雑な工程を含むBCP策定は、職員だけで行うのは難しい場合もあります。特に施設が複数ある場合や、長期的な運用を考える場合には、計画を正確かつ効率的に進めるために、専門家の支援を活用することをおすすめします。
専門家の知識を取り入れることで、実効性の高いBCPを作ることができ、緊急時の対応力向上につながります。BCPを確実に機能させるためには、こうした外部の力を活用することも重要です。
利用者と職員を守るためにBCPは重要!
今回の記事では、2024年4月までに策定が義務付けられている介護サービス事業者でのBCP策定について解説しました。
大規模な災害が起こると平常時と同じように事業を継続することは困難です。ただ、高齢者の生活を支える介護サービス事業者は、有事の際であってもサービスの継続的な提供を求められます。利用者やその家族、職員を守るためにも、日頃から万が一の事態に備えておくことが重要です。
BCPの策定をよい機会として、自然災害や感染症に適切に対処できる施設/事業所をつくりあげましょう。
執筆者:福岡 幸二(ふくおか こうじ)
BCP&BCMコンサルティング代表/元九州大学危機管理室 特任教授(博士) 神戸大学大学院海事科学研究科で博士号(海事科学)を取得。マンダリンオリエンタル東京、沖縄科学技術大学院大学、九州大学などで、地震・津波など自然災害や重大事故を含むBCM(事業継続マネジメント)を実装してきた実績を持つ。 2024年に起業しBCP&BCMコンサルティング代表として、大学や企業にカスタマイズされたBCM(事業継続マネジメント)およびSMS(安全管理システム)の構築を提供している。 国際海事機関(IMO)の分析官や事故調査官として国際的な活動も経験。著書に『Accident Prevention and Investigation: A Systematic Guide for Professionals, Educators, Researchers, and Students』(2025)、『Safer Seas: Systematic Accident Prevention』(2019年)があり、大学の実験室での事故防止策に関する論文をScientific Reports誌に発表するなど、現在国内外で活動し危機管理と安全管理を専門とする科学者兼実務家である。 プロフィール:https://bcp-bcmconsulting.com/about/