生命の維持に関わる医薬品は市民生活を守る重要なものですから、いかなる災害時でも常に安定供給されることが求められます。災害時には医薬品のあるなしが生死を分けることもあります。ここでは医薬品を取り扱う企業のBCPについてご紹介します。
災害による医薬品供給への影響
ひとたび大災害が発生すれば、けが人の処置や感染症への対応など平常時に増して医療や医薬品の必要性が高まりますが、災害時にはすべての事業継続を不可能にしかねないあらゆる危機が発生します。もちろん医薬品関連の企業も例外ではありません。
最初の重大な危機は、医薬品メーカーの製造ラインが災害で損壊して、医薬品の製造が不能になることです。生産拠点そのものが損壊、流失、焼失などで操業不能になったり、建屋は無事でも内部の生産機械が損壊、故障で稼働しなかったり、あるいは生産ラインの機器は損壊を免れても原材料が手に入らなかったり、従業員が出社できず工場を稼働できなかったりと、様々な要因で製造を止めざるを得ない事態が発生します。
最初の関門をクリアして医薬品の製造は続けられたとしましょう。しかし、次の難題は医薬品の運搬です。トラックや貨物車など運搬車両が被災して使用不能になったり、陸海空の主要ターミナルが機能停止したり、幹線道路が崩壊したりするなど輸送ルートが分断され、運びたくても運べないという事態が発生するのです。
さらに、流通ルートに乗せることはできても、市民との窓口となる小売店舗や医療機関が稼働できず、必要としている人に医薬品が届かないこともあります。
このように災害の発生は原料の供給、製造、輸送、利用などすべての段階で供給に大きな影響を与えます。
医薬品を取り扱う企業が押さえるべきBCPのポイント
災害時は医薬品で助かる命もあります。災害時でも医薬品の供給を続けるには具体的にどのような対策を行ったらよいのでしょうか?
電気の供給を確保する
2011年の東日本大震災では数日間にわたる大規模な停電が発生し、デジタル電話回線が不通になったり、衛星電話が室内で使えなくなったり、携帯電話の回線が混み合いつながらなくなったりと、情報伝達に大きな混乱が起きました。このため、特に医薬品を取り扱う企業は、停電時でも連絡を取ることができる複数の通信手段を確保する必要があります。
停電に強いアナログ固定電話、携帯電話より電波が遠くまで届くポケットベルなど、古典的な通信手段も緊急時に有効なツールとして改めて見直され始めています。
パッケージを工夫する
医薬品だけではなく食料、生活用品など避難所にはあらゆる物資が集まります。東日本大震災では集まった物資も膨大だったために、仕分けの人手が追いつかず放置され続けるという事態も起きました。
そこでBCPの一環として医薬品メーカーが文字、バーコード、QRコードなど複数の方法で製品情報を外箱に記載したり、パッケージを工夫したりするのも有効な対策となります。
また、医薬品の誤投与や誤飲を防ぐために、散剤のパッケージや錠剤のシートにカタカナの薬名やわかりやすいシンボルマークを大きく記載したり、錠剤の両面にレーザーで薬名や含量表記を刻印したり、錠剤自体を特徴的な色や形にするなどの対策も考えられます。
拠点病院との連携
東日本大震災という未曾有の大災害を教訓として2012年3月に厚生労働省が示した「災害拠点病院指定要件」では、災害拠点病院となる医療機関について、「病院機能を維持するために必要なすべての施設を耐震構造にする」、「通常時の6割程度の容量を確保できる自家発電機等を設け、その燃料や医療用水、食料、飲料水、医薬品を3日分程度備蓄する」ことを指示しています。
また災害時の多発外傷、重度の火傷など重篤な救急患者の救命医療に対応できる診療設備、簡易ベッド、緊急車両を用意したり、近接地にヘリコプターの発着場を確保したりすることも必要です。
参考:
「災害時における医療体制の充実強化について」(厚生労働省)
「災害拠点病院指定要件の一部改正について(厚生労働省)
そして、拠点病院の備蓄が尽きた後は、市民生活を守るために新たな物資が必要です。災害時にあらゆる情報を統合して医薬品関連会社が供給を継続するのに大きな力を発揮するのが安否確認サービスです。
中でも、トヨクモの安否確認サービス2では自社の従業員だけでなく、取引先企業の担当者にもアカウントを配布することが可能です。配布した1アカウントにつき4つのメールアドレスを登録できるので、取引先の複数の担当者に配信できます。
自動配信される安否確認メールの文面や、メールに記載する設問フォームは取引先ごとに細かく設定することもできます。設問設定数も無制限で、輸送を委託している取引先の場合、輸送状態はどうか、通常利用しているルートは走行可能か、輸送に必要な日数が変化したかどうかなど細かい部分の確認の可能になります。もちろんメールの手動送信や、日時を予約しての配信もできます。
このサービスを使えば取引先企業の担当者の安否はもちろん、事業継続の状態なども併せて迅速に把握することが可能になります。
詳細は以下をご覧ください。
実際の取り組みの事例
それでは、実際に企業が行っているBCPの取り組みについて見ていきましょう。
医薬品を輸送する企業は輸送を途切らせないようBCPを策定しています。まずは物流センターの建物を耐震構造にしておくことが重要です。そして自家発電などの非常用電源設備を用意し、冷蔵、冷凍が必要な医薬品の劣化を食い止めることが必要になります。
施設内では荷崩れを防止するため、保管棚に制振装置や貨物落下防止装置を取り付けることも大きな意味があります。これらの取り組みで、倉庫に保管した医薬品が利用できなくなることを防止します。
施設が停電した場合を想定し、コンピューターシステムによらない紙伝票で入出荷指示ができる体制が整っていればなお安心です。フォークリフトなど運搬作業に使う重機が故障した場合を想定し、それらを使わなくても作業できる拠点を確保したり、重機を借りられる体制を構築したりすることが大切です。
医薬品の流通を全国規模で手がけるメディセオでは、拠点となる物流センターに免震構造を取り入れたり、棚に免震装置を取り入れて、棚の転倒や製品の落下を防いだりしています。
次にバイクや施設内給油所など輸送手段の確保です。東日本大震災では道路の損壊が深刻で、車やトラックでは走行不能な道があちこちで発生しましたが、バイクなら通行可能な箇所も多数存在しました。四輪車に比べると輸送量は限られますが、コンパクトで小回りが利くため、大型車が入れない細い道路や入り組んだ場所への輸送も可能になります。施設内給油所の確保は、東日本大震災時にガソリンの供給がストップしたために輸送ができなくなったという苦い経験を踏まえたものです。
医薬品関連企業のBCPでは、医療機関や自治体などとの連携が多く盛り込まれているのも大きな特徴です。
メディセオでは各地の自治体や自衛隊と「災害時医薬品供給協定」を結び、万一の事態でも医薬品をスムーズに供給、搬送できるよう各地で定期的に合同訓練を行っています。
一方、医薬品メーカーのBCPでは、原料供給先を複数確保することや、生産拠点を複数にしておくことが盛り込まれています。大災害が発生した場合、工場自体も被害を受け生産どころではなくなる可能性もあります。その場合には災害の影響が少なかった地域に別の生産拠点を持っていれば、そちらをメインに切り替えることが可能になります。
災害の初期治療に多く必要となる「輸液」で国内過半数のシェアを占める大塚製薬は、非常時に備え、輸液など特に重要な医薬品の原材料在庫積み増しや、原材料メーカーの多重化、自社施設に防潮堤を設置するなどの対策を行っています。
参考:「マネジメントシステム規格の活用等による取組 大塚製薬株式会社」(経済産業省)
また医薬品メーカーに限らず、あらゆる企業のBCPに共通するのは情報の保全です。災害による建物の倒壊などでデータセンターがダウンする場合を想定し、リスク分散をする必要があります。普段からデータセンターでミラーリング管理をすることで、メインのデータセンターが損壊しても、データ自体は守ることができるでしょう。
災害時の行動マニュアルも整理しておく必要があります。大災害が起きた場合、誰がどのような体制で指揮を執っていくのか、従業員の勤怠管理や出勤コントロールをどうするのか、などという労務管理です。災害がひとまず収束し事業自体は継続できていたとしても、完全復旧までには長い時間がかかります。一時的な事業の継続だけでなく、復旧まで継続できる体制にしておく必要があります。そのとき、従業員の勤務形態も非常時用に変更し、疲労を極力抑えるような対策をしておくなどの方法があります。特に物流を扱う企業では、配送ドライバーなど多くの担当者が広いエリアで個別のスケジュールに則り動くため、メンバーの統制を取る難しさがあります。ここでも安否確認サービスの利用は、密な連絡を取り合い、方針を共有するための大きな力となります。
まとめ
医薬品を取り扱う企業のBCPは、単に医薬品を製造し続けるだけでなく、取引先の動向なども確認しながら、医薬品を必要とする人の元へ届けられる体制を整えて初めて意味をなすものです。
医薬品の供給で助けられる命があります。この機会に、取引先、関係先との密な連携も組み込んで、BCPを見直してみてはいかがでしょうか。