避難所における性被害の実態や対策を知りたい方にむけて、避難所で性被害が起きやすいと考えられる理由や避難所でとれる具体策について解説します。
阪神・淡路大震災や東日本大震災の避難所でも、性被害は発生しています。性被害は被害者に大きな苦しみをもたらすため、性被害対策が重要です。ひとりひとりが性被害対策について理解を深めることは、災害時の性被害を防ぐ第一歩です。
目次
避難所で起きている性被害の実態
2011年の東日本大震災の被災地域で起きた被害の実態を、NPO法人「東日本大震災女性支援ネットワーク」が調査しました。
その結果、被災地の避難所で性行為の強要、セクハラなどの性被害が発生していました。災害時は女性や子どもに対する暴力の危険が増える傾向は国際的に知られています。災害によるストレスのはけ口として、DVや虐待、性被害が増えるという考え方です。
DV以外の性被害を受けた場所として、もっとも多かったのは避難所でした。避難所でのプライバシーのない集団生活は性被害が発生しやすく、性被害対策が重要です。
避難所における性被害の具体例
避難所における強姦、のぞき、痴漢行為などの具体例についてお伝えします。幅広い年齢の女性や子どもが、さまざまな性被害を受けている実態が分かります。
強姦や強姦未遂などの暴行
「東日本大震災女性支援ネットワーク」の調査によると、女性や子どもに対する82件の暴力のうち、「同意のない性行為の強要」が10例把握されました。被害者と加害者の年齢は幅広く20歳未満~60歳代です。
避難所のリーダー格の男性を含め複数の男性から暴行を受けた女性は、「避難所のリーダー格の男性を含め複数の男性から暴行を受けた。騒いで殺されても海に流され津波のせいにされる恐怖があり、 その後も誰にも言えなかった」(引用:東日本大震災女性支援ネットワーク)という証言などもあります。
(引用:災害時に女性(男性)が直面する困難と男女共同参画による対策)
警察庁によると強姦被害はとくにPTSDが発症しやすく、被害者の40%~80%が発症すると言われます。「他の地域で災害が起こってニュースを目にすると、被害経験を思い出して恐怖がフラッシュバックする」と相談ダイヤルに電話がかかって来るケースもあります。
のぞきや盗撮
避難所では、のぞきや盗撮被害が発生した例があります。具体的な内容は、次のとおりです。
- 着替えようとすると不審な人が見に来る
- 更衣室のない避難所で、段ボールのついたての上から、のぞきや盗撮をされた
- 授乳している姿をじっと見られる
- 男女共用のトイレでのぞかれた
2024年1月に起きた能登半島地震の避難所で、女性用トイレのドアが壊れていた報告もあり、女性が安全に過ごせない状況が続いています。
痴漢行為
避難所は雑魚寝状態で夜になると男性が毛布に入って来る、同じ被災者からキスをされるなどの痴漢被害が起こっています。子どもに対しても抱きつく、身体に触るなどの性被害が発生しています。避難所の住民が男の子の下着を脱がせる被害も発生しており、男女問わず性被害を受けていることが特徴です。
とくに、性被害について、男性に対する男性・女性からの性被害は、まだ声を上げにくい状況もあり、その実態は不明なところも多々あるために注意が必要です。
ボランティアの女性に対する痴漢行為もあり、被災者の男性がわざと立小便して見せる、血圧を測定する看護師の胸を触るなどが報告されています。
避難所における性被害の特徴
避難所で起きる性被害の特徴についてお伝えします。被災女性の弱い立場につけこむ、性被害の構造をうかがうこともできます。
対価型の性被害
食料や生活物資を与える、生活の世話などの見返りとして男性が性的関係を要求する「対価型」の暴力なども災害時の性被害の特徴です。加害者男性は避難所のリーダーやボランティア、知人などさまざまです。
地震や津波などで夫や家族を亡くす、家や財産を失うなどした女性の弱い立場を加害者は悪用します。とくに母子家庭や一人暮らしなどで「守ってもらえる人」や後ろ盾がない女性を標的にする傾向があります。生活のために性被害を拒否しにくい状況に追い込まれているためです。
ストレスによる支配欲の増強
普段から支配欲が強い傾向の人は、災害のストレスで支配欲が増強します。暴力の根源は、「相手を思いどおりに操りたい」という支配欲です。
たとえば「中高年の女性なら性被害を受けても恥ずかしくていえないだろう」、「子どもが性被害を訴えても信用されないだろう」、「男性同士の悪ふざけであって性被害とは言わないだろう」などと露呈しにくい状況を利用して性被害を加えるのです。
社会の認識による二次被害
「災害で困っているときに性被害は起きるはずがない」、「みんなで支え合っているときに被害を口にすべきでない」、「人の生き死に関わる事態において、それ以外の被害は後回しにすべき」など、社会の認識による二次被害も大きな問題です。性被害を受けたにも関わらず、誰にも助けてもらえない絶望感に被害者は追い込まれるのです。
阪神・淡路大震災の避難所で強姦事件があったことを告発したある女性は、被害届や証拠がないということで、メディアで捏造と取り上げられ、被害女性の支援者が実名で叩かれました。
警察や医師などに性被害の相談をしたときに「不幸なのはあなただけではない」と、被害者の苦しみが理解されず傷つく対応をされたケースもあります。
避難所における問題点
ここでは、避難所で性被害が起きやすくなる理由について解説します。平時からのジェンダーギャップや、災害時のプライベートのない避難所生活によって、性被害が起きやすくなっていることが考えられます。
運営者のほとんどが男性
避難所の運営者は自治会役員であることが一般的なため、男性が大半で、女性のニーズをくみ取れなかったり、要望が優先されない傾向があります。
女性用仮設トイレの設置や生理用品の取り扱い、授乳室設置などの発想が男性には難しいのです。
性被害やDV防止の相談窓口が掲載されたカードについて支援者が説明した際、避難所リーダーの男性は「この避難所で、そのようなことはない」と根拠なく答えたケースもありました。運営者が男性のみだと、性被害についての理解がないままに、対策もおざなりになる可能性があるのです。
女性の参画の必要性が考慮されない
女性が避難所の運営に参加できない。会議の場でもなかなか発言することができないことも問題です。日本は政治や社会的な意思決定の場における女性の参画割合が低く、ジェンダーギャップがいまだに残っています。このような平時からの状態が、災害時も女性の意見が尊重されないことにつながります。
避難所にプライベートな空間がない
性被害が起こりやすいのは、就寝場所や居住者用のサロンなどの共有空間ばかりで、プライベートな空間がないことも挙げられます。例えば、以下のような問題が顕在化しています。
- 更衣室やついたてがなく着替えに困る
- 下着を干す場所がない
- のぞきや痴漢の被害
- 授乳室がない
- 生理用品や下着をもらいに行くとき、男性に見られる
共同生活でプライバシーが守られず、女性の一人暮らしや母子家庭がバレてしまい、性被害の対象として目をつけられやすいという弊害もあります。
同調圧力がかかる
災害時は性被害を受けた人に我慢を強いる同調圧力が強まります。「命があるだけマシ、しかたがない」「輪を乱すべきでない」同調圧力によって性被害が許容されるのです。
「同調圧力」とは、無意識のうちに他人の考え方や言動を取り入れて同じようにふるまうことです。災害時に被害者への同調圧力がかかることで、性被害を口にしづらく被害の起きやすい環境が作られてしまいます。
避難所でできる性被害対策
女性専用スペースの設置や環境整備など、避難所でできる性被害対策について解説します。女性が避難所の運営に関わり、意見を取り入れることが重要です。
女性や子どもと男性で避難所を分ける
避難所における女性や子どものプライバシー確保や性被害対策として、単身女性や女性のみの世帯エリア、乳幼児のいる家族用エリアを設けます。快適さを向上させるための配慮ではなく、女性や子どもへの性被害リスクを下げる対策としての位置づけです。
とくに最優先すべきなのが、女性や子どもが安全に着替えや授乳、不安や悩みが相談できるスペースを開設することです。女性の自治体職員やボランティアによって、女性支援に特化した活動をすることも重要です。
女性や子どもが過ごしやすい環境を整備する
女性や子どもが過ごしやすい性被害対策の例は、次のとおりです。
- 照明の設置:犯罪が起きやすい人目のない場所や暗がり、女性や子どもが利用するトイレの周囲に明かりをつける。
- 男女別の仮設トイレを設置
- 男女別の入浴場所を確保:地域の温泉や入浴施設の活用も検討する。
- 男女別の洗濯場と物干し場を設置
- 性被害根絶ポスターの掲載や啓蒙活動の実施
避難所の運営に女性が関わる
避難所の運営に女性が関われば、男性には気が付きにくい性被害対策が可能です。避難所の管理責任者は男女両方を配置し、自治的な運営組織の役員は女性3割以上を目標にします。避難所の食事づくりや清掃などの役割は年齢や性別で固定しないよう配慮します。
また運営に障害者に加わってもらったり、子どもを参考人として呼び、子どもの意見を取り入れることも重要です。
NHKによると、2016年の熊本地震において益城町の避難所運営リーダーは女性でした。400人以上が避難した小学校に体育館とは別の教室を借りて、女性専用や乳幼児専用のスペースを作りました。男女兼用だったトイレを男女別に設置し、女性の視点から性被害対策に取り組んだ例です。
避難所運営に女性や子どもの意見を取り入れる
避難所の性被害対策には、平時から女性の意見を取り入れる場の存在が重要です。新宿区は避難所運営に関する意見交換のために「女子会」を立ち上げました。女性の本音や考えがでやすい環境づくりを目的にしています。
また、人権委員会や第三者機関を介して、暴力実態の把握や記録、対応策の評価や実施をするシステムの構築が求められます。
2022年5月に公表された内閣府男女共同参画局の調査によると、1078自治体のうち約60%は防災担当部署に女性職員がゼロでした。災害時は夜間や泊まり込み対応が増えるため、子育て世代の女性の配属は難しいことが理由です。防災担当職員が男性中心だと、女性に対する問題対応のしづらさにつながります。
避難所運営や備蓄品検討時に、他部署の女性や地域の女性団体スタッフに参加してもらうなどの対策が求められます。
防犯対策を行う
性被害の責任は被害者にはなく、性加害を見て見ぬふりすることは荷担と同義だと市民に広めることが重要です。啓発パンフレットやポスターなどでは効果に限度があるため、市民参加型のワークショップがよいでしょう。
『内閣府の『避難所運営ガイドライン』を参考にした、避難所で実践できる防犯対策は次のとおりです。防犯対策については、女性の力だけでなく、理解のある男性の力も借りながら、性被害を抑えていく体制が必要です。
- 男女ペアで避難所を巡回警備する
- 防犯ブザーやホイッスルを配布する
- 就寝場所だけではなく、車中泊(駐車場)や女性専用スペースも巡回警備する
- 女性や子どもは複数人で行動する
避難所では男性と女性の双方によって性被害を防ごう!
今回は避難所で発生した性被害の実態や特徴、性被害が発生しやすい理由、性被害対策についてお伝えしました。避難所は生活支援への見返りやプライバシーがないため、性被害のリスクが高まります。幅広い世代の女性や子どもへの強姦、のぞき、痴漢などの性被害が報告されています。また、男性に対する性被害も忘れてはいけない視点です。
性被害の責任は被害者にはなく、決して暴力を許さない規範と環境づくりが性被害対策の前提です。