監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。
避難所における生活には、さまざまな困難が待ち受けています。衣・食・住それぞれに問題が潜んでいますが、そうした問題点の確認と解決するための工夫について、「とくに困ること」として指摘される事象を中心に解説しましょう。
目次
避難所生活で「とくに困ること」
避難所での生活は、日常とは大きくかけ離れています。近年発生している大規模災害で避難所生活を余儀なくされた方々から、実体験を通してさまざまな問題点が指摘されています。
ここでは避難所生活における代表的な「とくに困ること」について紹介します。
食料の不足や栄養の偏りが起こる
もっとも大きな問題は、必要な物資が避難所に届かないことです。災害発生によって道路が寸断されるとトラックでの輸送が困難になり、とくに食料などは道路が復旧するまで、備蓄品で賄うことを強いられます。
備蓄品は保存の効く食品が主体で、生鮮食料品などが不足する状況になるでしょう。そのため、事前に上手に備蓄しておかないと、栄養不足や栄養の偏りが発生し、高血圧や循環器疾患など持病が悪化したり、体調が悪くなったりという状況が起こりやすくなります。
とくに既往症のある方や高齢者の方々にとっては、体調悪化による疾患が想定される環境です。
居住空間に不便が生じる
特に人口が密集している地域などでは、避難所では体育館や公民館など、広いスペースを段ボールなどで仕切って生活します。公民館では畳敷の場所もありますが、学校の体育館などでは板床に直接布団や毛布を引いて寝起きします。
避難所への避難者数が増えれば、1人あたりの確保できるスペースも狭くなり、より限られた空間で多くの方と共同生活を送ることになるのです。
生活物資の不足はもちろんのこと、そもそも居住空間が整わないのです。完全なプライベートスペースなども確保できません。。照明や空調についても自分の都合で変えることは難しく、食べ物や体臭などの匂い、生活音やいびきなどの音への不満も高まります。
寒すぎるまたは暑すぎる
地震による被災では、電気やガスなどのライフラインが停止するケースが多発します。その場合、エアコンなどの空調設備や、ガスファンヒーターや扇風機などの空調/冷暖房機器が使用できません。
学校の体育館では、元々空調設備が備わっていないケースが一般的です。冬場は燃料があれば石油ストーブの使用が考えられますが、厚着をしたり毛布に包まるなど、各自の防寒対策に頼らなければなりません。
逆に夏場は暑さ対策が求められます。エアコンや扇風機がない、あるいは機能しない状態では、熱中症の危険性が高まります。扉を開放する、窓を開けるなど、風を通す工夫はされますが、暑い中で過ごすことを強いられるのです。
睡眠不足に陥る
睡眠不足にも多くの人が悩まされます。日常生活では自分が寝るときに照明を消し、季節に応じて空調機器を使用します。しかし、避難所では自分の都合に合わせて調節はできません。
「照明が明るい」「周りに人がいると眠れない」「他人のいびきや寝言が気になって眠れない」「誰かがトイレに行くたびに床に振動が伝わる」など、睡眠不足に陥る要因がいくつもあります。暑さや寒さも人によって感じ方はまちまちです。
そうしたさまざまなものが重なり、不眠に悩まされる方が多発します。地震での避難では、いつ余震のようなかたちで揺れが起こるか分からない、ということに起因する不安も不眠の原因です。
エコノミークラス症候群
できるだけプライベート空間を確保したい、避難所が埋まっていて入れないなどの理由で、車中泊を選択される方もいます。ただ車中泊を続けていると、エコノミークラス症候群を引き起こすケースがあります。
エコノミークラス症候群は、長時間狭い空間で、同じ姿勢を取り続けていると足がむくみ血栓ができる疾病です。血栓ができると血管を塞ぐことがあり、重篤な健康被害につながる恐れがあります。
エコノミークラス症候群にならないためには、適度な運動や十分な水分補給が求められます。
トイレが不衛生
避難所ではトイレ問題も大きな困りごとです。現代社会の日本では、多くの地域で水洗トイレが備えられています。しかし断水が発生すると、水洗トイレは使用できなくなります。
そのようなケースでは簡易トイレを設置することになりますが、数に限りがあったり、清掃が行き届かなかったりで、トイレが不衛生な状態になることも多々あります。
不衛生で臭いも気になるということで、トイレを我慢するために水分摂取量を減らす人が増えます。そうすると体内の水分が減って血栓ができやすくなり、重篤な健康被害につながることにもなるのです。
感染症のリスクがある
断水に起因する問題として、感染症リスクの高まりがあげられます。手洗いが満足にできない状態で人々が密集して生活しているために、ウイルスが蔓延し細菌が繁殖して、感染症が流行するケースが多発します。
これまでにも、インフルエンザや新型コロナウイルスが流行した避難所がありました。そのほかにも、お風呂に入れなかったり洗濯ができなかったりと、不衛生な状態になりやすく、感染症のリスクがあちこちに潜んでいます。
また、病気などで体調不良を起こしても、周囲の目もあり申告しにくい状況におかれます。
個々の要望が叶わない
避難所に避難して来る人は、男性女性はもちろん、乳幼児から高齢者まであらゆる世代の方がいますし心身に障害を持つ方もいます。立場に応じて求めるニーズもさまざまに異なります。
女性の場合は生理用品が軽視されがちです。乳幼児の場合はミルクや紙おむつが不足します。高齢者に適切な支援を行う余裕がないことも散見されます。車いす生活者や視覚障害など、障害者への対応も十分ではないでしょう。
特別に配慮を必要とする人を「要配慮者」と呼びますが、一般の避難所とは別に福祉避難所が設けられるケースもあります。ペット同伴を希望される方もいますが、認められるとは限りません。国籍や宗教によっても求めるものは異なります。避難所は、そうしたすべての要望が叶わない場所でもあります。
安全面に課題がある
安全面での課題は常々指摘されています。しっかりとしたプライベート空間が確保されないため、防犯が不十分で窃盗や盗難の危険性が常に潜んでいます。
近年問題としてクローズアップされていることが、避難所での性犯罪です。段ボールなどで仕切っている程度の空間のため、のぞきや痴漢などの犯罪が発生しています。
逆にプライバシーを守るための仕切りが性犯罪につながるケースもあります。周囲から見えにくいことを悪用して、性犯罪に手を伸ばす人間も存在するのです。
ストレスが溜まる
避難所生活を送るすべての人に共通する悩みが、ストレスです。床の上に知らない男女が多数で寝起きする状況なので、どうしてもストレスが溜まります。
また、娯楽が少ないことも、ストレスの捌け口を塞いでしまいます。さらにはいつまで避難所で過ごさなければいけないのか、先が見えにくいのも不安感を助長する要因になるでしょう。
避難所生活を送る人の一部には、自宅が倒壊したり浸水して住むことができない状態の人もいます。そうした方の場合、避難指示が解除されても、ライフラインが復旧しても帰る自宅がありません。将来への不安がストレスを一層押しあげます。
家族の安否がわからない
東日本大震災時に多く見受けられたのが、家族の安否を確認できないケースです。日中仕事や学校で家にいない時間に災害が発生した場合、家族はバラバラに避難することを余儀なくされます。
家族や親せき同士、知り合い同士で連絡をとろうと思っても、災害時はは電波がつながりにくくなるため、携帯電話やインターネットでのお互いの安否を確認し合うことが難しいといえるでしょう。
東日本大震災時には数日間、家族の安否が確認できない人もいました。家族の安否を確認できないという状況は、非常に大きなストレスです。
避難所生活の困難を緩和する工夫
多くの困難とストレスが立ちはだかる避難所生活ですが、被災をしたら、しばらくの間はそこで生活をしなくてはいけません。少しでも困難とストレスを緩和するために、小さなことでも工夫をして、少しでも快適な環境を作り出しましょう。
非常用持ち出し袋に必要なものを入れておく
避難所へ持ち込む非常用持ち出し袋を準備しておきましょう。個々人の状況によって必要なものを入れておきましょう。
食料や水は数日すれば避難所でも配給されますが、自分のサイズの下着や防寒着/スリッパや厚手の靴下/予備のメガネ/持病の薬や医薬品/携帯トイレ/アイマスクや耳栓/スマホの予備バッテリーなど、自分に特化したものは事前に備えておきましょう。
なお、家で避難をする在宅避難の場合には、水や食料を十分に備蓄しておくようにしましょう。水や食料には賞味期限があるために、ローリングストック法を活用して賞味期限切れを防止するようにしましょう。ローリングストック法については、以下のサイトを参考にしてください。
自分でパーテーションを作る
避難所は運営側でパーテーションを用意する場合もありますが、単に場所が提供されるだけの場合もあります。そのときは自分でパーテーションを作ることも検討しましょう。
段ボールとカッターおよびテープがあれば作ることができます。段ボールは厚手のものを用意しましょう。薄いものは重ねたり、折って柱状にするなどして強度を確保しましょう。
ただし、避難所では多くの避難者が生活をともにします。自分の都合だけで進める行為は周りの迷惑になることもあるので、パーテーションの有無を含めて、作る前に避難所の運営者への相談が必須です。
暑さ・寒さ対策をする
季節に応じて、暑さ・寒さ対策をしましょう。暑さ対策としては、こまめに水分補給をすることが大切です。体内温度を抑える効果があります。
また、保冷剤や凍らせたペットボトルを持参する、濡らした新聞紙を首に当てたり、わきに挟むなどの方法も有効です。
とくに熱中症にり、すぐに医療関係者が見つからない場合には、まずは、それらの暑さ対策グッズを太い血管の通っているわきの下や首に当てることで、身体全体を冷却する効果が得られます。砂糖と食塩を使って経口補水液を作り熱中症に備えることもいいでしょう。
寒さ対策としてはゴミ袋を防寒着にする、ペットボトルにお湯を入れて湯たんぽにする、新聞紙を身体に巻いて暖をとるなどがあります。こうした方法は周りの人に迷惑をかけることなく実行できるところが利点です。
安眠グッズを持ち込む
避難所生活で体調を崩す原因のひとつが睡眠不足です。照明や周囲の物音など多くの要因が重なって、不眠になる人が多いことも事実です。
十分な睡眠が取れるよう工夫しましょう。
睡眠に懸念のある人は、アイマスクや耳栓、タオルなどを持ち出し袋に入れておくと入眠に役立ちます。防災用の毛布や厚手の靴下もおすすめです。足元を温めると睡眠に効果があります。
寝付けないときは無理をせず、一旦起きて気持ちを落ち着かせ、自然と入眠できるまで身体をリラックスさせるのもいいでしょう。
定期的に体を動かす
定期的に身体を動かすことも大切です。狭い場所で同じ姿勢を続けていると、エコノミークラス症候群になる危険性があります。
避難所の外に出て建物のまわりを散歩する、軽いストレッチや体操を行うだけでも、リスクを低減する効果が得られるでしょう。
また、ストレス解消も兼ねて、避難所の運営を手伝うという選択肢もあります。
頭を働かせて身体を動かすことで、日常に近い生活が送れます。加えて、人のために活動しているという充足感が得られる効果も期待できます。
携帯トイレを準備する
災害では、上下水道が被害を受けるケースも多発します。その際に真っ先に困ることがトイレです。非常用持ち出し袋に入れるものとして、多くの人が真っ先にイメージするものは懐中電灯や簡単な食料・水かもしれませんが、携帯トイレの用意も忘れないようにしましょう。
避難所では断水でトイレが使用できないケースも多く、仮設トイレも数が限られます。用を足す頻度を下げようと、水分摂取を控えてしまい体調を崩す人も頻出します。
携帯トイレを用意しておくと、水分補給をするときの不安も和らぎます。体調管理にあたっても、必須なツールといえるでしょう。
できる範囲で感染症対策をする
避難所では日常より人々の密度が高い状態で生活します。一日中その状態が続くため、感染症に罹患するリスクも高まるのです。
インフルエンザや新型コロナウイルス、ノロウイルスなど、季節を問わずさまざまな感染リスクがあります。
可能な範囲で感染症対策をとるようにしましょう。
アルコールでまめに手や指の消毒をするのが基本的な感染症対策です。うがいや歯磨きも感染症から身を守る予防策です。
コロナ禍のように、マスクを着用するのも効果的でしょう。
ルールを意識し、共同生活の規範を守る
避難所は共同生活の場だと認識しましょう。共同生活では公共のルールを守りながら生活する必要があります。
喫煙や飲酒の制限はもちろんとして、配給物資の受け取る順番やトイレの使い方、感染症対策としての人との距離感などのルールを守りましょう。守るべきルールやマナーを把握して、他人に配慮することが重要です。
避難所によってルールが決められることになるため、その避難所のルールに従うようにします。要配慮者を優先することを心がけ、騒音を出したり迷惑行為をしないよう心がけましょう。
コミュニケーションを活発にとる
共同生活では、互いのコミュニケーションを図ることも大切です。コミュニケーションを図ることで、お互いの理解が深まり親密度や信頼度が上がり、ストレスの低減にもつながります。
親密感や信頼感が思いやりの気持ちを促進します。同じ避難所にいる人と情報共有したり、助け合うことを心がけるようにしましょう。避難生活者同士だけではなく、避難所の運営者とのコミュニケーションも情報を得る助けになります。
また、悩みがあるのであれば、避難所に派遣されて来る保健師や公認心理師に頼ることも一つの手段です。
娯楽や気分転換ができるものを用意する
避難所生活が長くなるほど、息が詰まり気分が塞ぎ込んだりします。不安だけが先行して、情緒も不安定になります。
その対策として娯楽や気分転換できるものを用意しましょう。トランプやボードゲームなどは、気分転換を図りながらお互いのコミュニケーションを促進してくれるため効果的です。
電源がある場合には、携帯ゲーム機で楽しむこともおすすめです。人それぞれ気分転換の方法は異なるので、自分に合った娯楽や気分転換の方法を模索しましょう。
家族の安否確認方法を決めておく
災害が発生する前に、家族で安否確認の方法を決めておくことも大切です。大きな災害になるほど、電話回線はつながりにくくなります。
災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板など、災害時に提供されるサービスもあるので、自分が利用している電話で利用できるかあらかじめ確認しておきましょう。避難所に災害時用公衆電話が設置されれば、そこから利用することもできます。
そのほかにもトヨクモの「安否確認サービス2」に代表される、ライフラインが不安定なときにも安否確認ができるサービスも提供されています。利用を検討してみましょう。
まとめ
避難所はあくまでも臨時の生活場所のため、平時のような快適な生活を送ることは難しいといえます。
生活する上でさまざまな困難が待ち構えていますし、集まって来る人々も多種多様で気心の知れた人たちだけで生活する状況とは違います。だからこそ、少しでも快適に過ごせる工夫が大切です。
水、食料、トイレ、睡眠を中心に、自分に合った過ごし方を見つけ、周囲とコミュニケーションを図りながら、少しでもリラックスして健康に生活を送ることを心がけましょう。
家族の安否確認にはトヨクモの「安否確認サービス2」がおすすめです。下記から無料で体験できますので、ぜひお試しください。
監修者:木村 玲欧(きむら れお)
兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授
早稲田大学卒業、京都大学大学院修了 博士(情報学)(京都大学)。名古屋大学大学院環境学研究科助手・助教等を経て現職。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法など「安全・安心な社会環境を実現するための心理・行動、社会システム研究」を行っている。
著書に『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)、『戦争に隠された「震度7」-1944東南海地震・1945三河地震』(吉川弘文館)などがある。